googleの地図で岩手・宮城・福島・茨城・千葉にかけての海岸線を見てみる。仙台の辺りにはコンビナートがあり、そこから視線を南下させると、いくつもの知っている工場を確認できた。極めつけは鹿島のコンビナートで、この辺りがしばらく機能しないとなると日本のモノ作りはどうなるのだろう?と不安がよぎる。市原も火災の影響から無傷ではなさそうだ。電機業界では早くもしばらく復旧しないとの憶測が飛んでいるが、その期間が半年になるのか、一年になるのか、皆目検討がつかない。自動車業界にしても影響は同じ、少しよくなるのは復興特需が発生する建設業界くらいかも知れないが、全く喜べない忙しさになる。

(以前、建築業界にいたので被災地への見舞いを口にしつつ、口元が緩む上層部の顔を思い出す。冗談じゃない、あんたら現場に行かないからニヤつけるんだと嫌悪感を覚えたことを思い出す。)


 チェルノブイリを経験しているヨーロッパの人達、スリーマイルを知っているアメリカの人達、また知らないが故に過度に恐れているその他の地域の人達に日本製品は今後も安全・安心を提供できるだろうか?少なくとも放射能に関しては国が検査して出荷する等の制度を整備して信頼回復に努力する必要があると思う。


 今の政治リーダーにそういった先のことをリアルに想像する力はないような気がする。


 放っておくと、大企業は海外生産によりシフトしていってしまいかねないが、真の復興を考えると大企業に日本を諦めさせてはいけない。それに、これまでも困難を乗り越えることで日本は進化してきたのだから。





ウォール・ストリート・ジャーナル日本版によると、今回の原発事故がここまで深刻な事態になっているのは東電が廃炉を回避して資産を温存する為に、海水注入という判断を最後まで出来なかったためと書かれている。


 私はこの件を、先の大戦で日米開戦に至った危機管理と同様の文脈で読んでしまい、単なる資産温存を目指した行動だったと納得することができない。東電が捨てられなかったのは、おそらく資産ではなく、安全神話だったのではないかと推察される。もっと言うと、安全とは言いながら、一部公表されていはいるが、おそらく公表されていない事例も含めて存在したであろう安全神話を守るために犠牲になっている人々の存在が、彼らを突き動かしているのではないかと勘繰ってしまう。何で、そう思うのかというと、実際に今も命を賭けて現場で戦っている東電マンの姿が目に浮かぶし、小森常務の福島からの謝罪は彼らのモラルが決して低くない事を物語っていると思うからだ。管総理が東電をいい加減だと決め付けている節があって、そのフィルターを通して我々が東電を見てしまうから(停電の件も含めて)怒りが沸くのであって、民主党の実務能力の不足を東電に押し付けている部分は差し引いて冷静に見なければいけないと思う。


 先の大戦前夜、アメリカから中国の撤退を条件に出されて石油を止められ、既に中国大陸で20万人の戦死者を出していたことから後に引けずに日米開戦にいたったように、損切りできずに先延ばしして、にっちもさっちも行かない所に追い詰められていくいつもの構図が見え隠れする。そして、このような状態に追い詰められ犠牲となるのはいつも現場なのだ。


 何を学べば、廃炉を決断できるリーダーになれるだろう?どんな仕組だったら、中国からの撤兵を決断できるリーダーが選べただろう?そんな事を考えると同時に、情報化社会でよかったと思う。あの状況が衆人の監視下にあったからこそ東京消防庁や警察が放水車を出して協力する事ができたのだから。本当に決死の思いで

現地で作業に当られている方の御無事と、最悪の事態の回避を念願して止みません。


 あと、管総理は決死の覚悟っていう言葉を、本当に決死の人達の前で使わないほうがいいです。

金曜の地震すごかったよね。


 そこから書きますか?、、、あえて書いておこうと思います。私以外は読まない方が良いです。時間の無駄な文書の羅列をします。


 3/11 14:30 群馬県太田市に電車で到着。担当先の六階建てのビルの一階で、15:00からの打ち合わせの段取りを一人で確認していると大きな揺れ。建物が高層なのに内装のところどころに昭和40年代後半の香りを感じさせるクラシカルな造りに不安を感じ、建物の外に。ガラスがピシピシ言って建物から土煙が上がるのを見て更に建物から離れる。当時一階には40人くらいの人がいたが、出てきたのはK社の営業マンと私だけ。


 向かいの広い駐車場にでると、道路を走るトラックが倒れんばかりにゆれている。乗用車もバンピングしている。揺れが収まったところで慌てて残りの40人が出てきたが、両開きの扉の私が開けたのと反対の扉は既に開かない状態になっていた。どうも、人はあまりの事が起こったときに大して考えられないものらしい。揺れが収まってお客さんの事務所がある三階に上がると事務所はもぬけの殻、そこで仕方が無いので一階に戻ってしばらく待機。いつの間にか30分が過ぎようとしていた時に再びの地震に襲われ再び退避。


 結局お客さんの担当者と避難場所であって、今日の打ち合わせは後日、日を改めて行うことで帰宅。太田駅に16:00ごろに着くと既に東武は運転中止。先日の人身事故の振り替え輸送の時と良い、東武は本当に駅員の対応が惜しい。別に同じ対応をするにしても、もう少し気遣いができるだろうに。。。と思わせる事が多いが、まぁ、いつもの事なので早々にタクシーを捕まえ熊谷駅に。東北の地震なら上越新幹線は動くだろうという見込み。


 ところが、ご存知の通り電車動かず。慌ててビジネスホテルを探すも、もういっぱい。マンガ喫茶で一晩を明かす。翌朝も新幹線動かず、高崎線も動かず。ようやく11時ごろの電車で移動を開始。しかし物凄いノロノロ運転で途中駅全てで止まる。前の列車が詰まっていると。すれ違う電車を見ると文字通りのすし詰め。こちらもそこそこのすし詰め。隣で立っていた人は高崎から既に7時間電車に乗っていると言っていた。


 東武野田線が動いていたが、振り替え輸送で大混雑。一時間に2本しか動かないのに、2本見送って3本目に乗車。夕方家に着いたときには疲労困憊。携帯は電池切れ寸前。かろうじてSの電話を受けて電池終了。


 月曜の出社もTXが6:30までしか動かないと5:30に知って、慌てて駆け込む。帰りは南流山までしか電車が動かず1時間20分を歩いたり走ったり。会社に行くだけで体力が奪われる。そんな日々が続いていますが、東北で大切な人の安否が分からず歩き彷徨う人達の事を考えると泣き言はいえません。


 それにしても管総理のうわっすべりな感じは何とかならんかね?スリムクラブではないが本当に何とかならないだろうかと思う。一方でユニクロ柳井会長の10億円寄付のニュースを見て政治は日本を救えないが、実業なら明るい日本の未来を作れるのではないか?と思う。理想やきれいごとだけでも駄目って、いまどき小学生でも分かってますけど・・・。