運動を切ったら、1時間でメールを17回開いていた
「今日は忙しいからジムは休み。空いた1時間で仕事を進めよう」
そう決めた日、私はその1時間でメールを17回開き、Amazonで靴下をまた1足買いました。これで3足目です。
仕事は、ほとんど進んでいません。
こんばんは。せおっちです。
仕事を進めるために運動を削ったら、集中も判断も止まって、結局仕事も止まりました。EC運営に6年ほど関わってきて、こういう「削ったつもりが増えている」時間の使い方を、何度も見てきました。今日はその話です。
判断ミスは、歩く時間より高くつく

運動をするとBDNFという物質が増え、前頭前野の働きが良くなるという研究があります。ただし効果には個人差があり、これをやれば必ず仕事がうまくいくと保証するものではありません。それでも、座りっぱなしで頭を使い続ける人間が、運動を「仕事と競合する余暇」とだけ計上するのは、ずいぶん雑な会計だと思っています。
私は長らく、運動を「時間に余裕がある人の趣味」だと思っていました。汗をかくなら商品ページを直せ。歩くなら在庫を数えろ。スクワットするなら広告管理画面を開け。
あの日の靴下を見つけた妻(我が家の中央銀行総裁)には「また買ったの、何足あれば足りるの」と即座に利上げ勧告を受けました。今回は正しい引き締めです。
自社システムを約260社、Chrome拡張を約700ユーザーに使っていただいてきて、見えてきたことがあります。忙しい人ほど、考える仕事を後回しにする。科学的な調査ではありませんが、これだけの数の運用を見てきた実感として、外れていない自信があります。
通知に返す。細かい修正をする。終わった感が出る作業で1日を埋める。肝心の「これは本当に作るべきか」「今月の数字をどう見るか」は、頭が疲れた夕方に追いやる。決めないまま翌日に持ち越す。
これはシーシュポスの岩に似ています。岩を山頂まで押し上げても、また転がり落ちてくる。作業をこなしても、判断という一番大事な仕事は少しも進んでいません。
厄介なのは、私が根っからの面倒くさがりだということです。5分で終わる作業をサボるために、5時間かけて自動化ツールを作ったことが何度もあります。仕組み化できるものは全部仕組み化してきました。それなのに、運動という一番自動化できないものにだけは、ずっと屈していました。
あの日の1時間も同じでした。ジムを切れば仕事が進むと思っていました。しかし増えたのは、判断ではなく雑務です。靴下は税込2,000円ちょっと。一方、疲れた夕方に「見た目だけでも数字を上げよう」と広告予算を3万円積み増して、翌週その分を溶かしたこともあります。判断ミスは、歩く時間よりずっと高くつきます。
散歩とChatGPTは、別工程です

私は多摩川の土手を歩くことがあります。歩いているだけで、PCの前で固まっていた考えが、少しほどけることがあります。画面も通知もないので、目の前の問題を「やる」「やらない」「後で決める」に分けやすくなる。
そのあとChatGPTに話しかけることもあります。
「この機能はユーザーが欲しいのか。それとも私が作りたいだけなのか」「数字を見るのが怖いだけで、施策の問題ではないのではないか」
歩行が判断を自動で正しくしてくれるわけではありません。ChatGPTが散歩の効果を証明してくれるわけでもない。歩いて、頭の中のノイズを少し減らす。会話して、減ったノイズのなかから論点を言葉にする。私にとって、この2つは別の工程です。
土手を歩いている間、私は勝手に「多摩川臨時内閣」を召集していることになっています。閣僚は私1人、議事録はなし、予算もゼロ。決めるための時間と、決めた後に言葉にする時間を、意識して分けています。
明日の判断のために、先に歩く

持病や痛みがある人は、この話を自分用の運動処方に読み替えないでください。無理をせず、必要なら医療者や専門家に相談してください。
それを踏まえたうえで、私が実際にやっているのはこれだけです。判断が重い日は、会議や発注の判断の15分前に、5分だけ先に歩く予定を入れる。これを判断力の予備役招集と呼んでいます。有事とは、締切や大きな意思決定のことです。その前に、体という予備兵力をあらかじめ呼び出しておく、というだけの話です。
雨の日や、店舗の合間で外に出られない日もあります。そのときは席を立って3分、今日決めることを声に出して言うだけでもやります。歩くことそのものより、「考える前に体を動かす」という順番を守ることのほうが大事だと思っています。
運動は、仕事から逃げるための余白ではなく、翌日の自分のための判断力メンテナンス費です。
あの日、私は仕事を進めるために運動を切りました。そして集中を失い、メールを17回開き、靴下を買いました。
運動する時間があるなら仕事をしろ。
その「仕事」には、明日まともに考えるために歩く時間も、最初から入れておくべきでした。
次に靴下を買いそうになったら、先に歩きに行きます。