
夕方の散歩の帰り道。犬を連れた人とすれ違いながら、私はスマホに向かって、ぼそぼそ話しかけています。「あの動画、記事にしておいて。画像も作って」。
家に着く頃には、もう出来ています。記事も、挿絵も。
種を明かすと、AI(Claude)を リモートで遠隔操作 しているだけです。歩きながら、移動しながら、音声で指示を投げる。手はポケットの中。それでも、向こうでは ちゃんとやばいもの が組み上がっていく。
半年前のモデルでは、これはできませんでした。指示を半分しか理解してくれなかったり、途中で迷子になったり。それが、この数ヶ月で 把握能力 がぐっと上がって、「ざっくり言えば、汲み取って最後までやる」ようになった。
そして気づいたら、私が 2年前に妄想していた アイデアが、するっと動き始めていたのです。「メディア工場」と呼んでいた、あれが。
2年前の妄想が、動き出した
本業は、EC向けの業務改善サービスの開発です。楽天のお店を、どう楽に・どう伸ばすか。それを作っている合間に、ついでのつもりで、自分用の「工場」を1つ建ててみました。
メモアプリのObsidianの中に、5週間で。記録によれば、最初のコミットが 2026年5月17日、今日まで 36回。スキルが7つ、AIスタッフ(エージェント)が3人。ネタを1つ放り込むと、記事になり、ラジオになり、動画になり、サムネになって出てくる。1つの素材が、4つの媒体に化ける——2年前、紙ナプキンに描いて「いつかこうなったらな」と思っていた、あの 一気通貫の工場 が、もう動いている。

正直、作るのは 拍子抜けするほど 簡単でした。設計を言葉にして渡せば、AIが形にしてくれる。——ただ、ここで終わらないのが、おもしろいところです。
ただ「回答するAI」では、工場は回らない
魔法には、たいてい裏があります。生のAIを、そのまま工場のラインに立たせると、3つの形でつまずく。

1つ。AIは、自信満々で嘘をつく。 先日も、記事の冒頭にAIが「深夜のキッチンで麦茶を飲みながら」と、私のやってもいない体験を、120点の自然さで捏造してきました。「分かりません」と言うくらいなら、堂々と作文する。けなげですが、慣れていないとこの “それっぽい嘘” は驚くほど見抜けない。
2つ。なんでも作れるから、作りすぎる。 放っておくと、要らない自動化まで嬉々として増やしていく。私の工場の設計書には、未来の自分への戒めが書いてあります。
Stage を飛ばさない。手動運用で2週間回してから自動化する。想定だけで機能を作らない。
——私の工場の設計書(CLAUDE.md)より
3つ。詰まると、止まる。 AIは無敵ではなく、エラーや想定外でちゃんと固まる。そこで立て直せる仕組みが要る。
要するに、「1回しゃべって、1回答える」AIのままでは、業務にはなりません。必要なのは、考えて・動いて・直して・また動く、ぐるぐる回り続ける 仕組み のほうでした。
だから、ただの“AI”では足りない —— 「業務にする」設計
ここからは、私がざっと描いている設計の話です。AIを “業務アプリ” として安定して動かすには、思いつきだけでは足りません。ざっくり言うと、こうです。
真ん中にあるのは、動くAIそのもの。実際に作業を進める 主体(エージェント) を置き、暴走しないよう 安全装置(ハーネス) で囲い、文脈を忘れないよう 記憶(メモリ) を持たせ、ユーザーに見える 体験(アプリ) の形に整え、そして 生成→実行→評価→改善 の ループ でぐるぐる回す。1回出力して終わりではなく、何度も直しながら仕上げる——ここが肝です。
その下に、土台を敷きます。作業の流れ(ワークフロー)、品質を採点する 評価、何をしたか残す ログ、状態や知識をしまう データベース、再利用できる 専門スキル群。この土台があるからこそ、上のAIはブレずに働ける。
ゴールが降りてきて、AIが動き、土台が支える。出てくるのは、再現性・品質・継続運用 を備えた、安定した「業務アプリ」。さっきの3つのつまずき——嘘・作りすぎ・停止——は、土台の 評価 と、AI側の 制御 と 改善ループ が、まるごと引き受けてくれます。
AIは「1回の回答装置」ではなく、「業務システムそのもの」になる。
考察 ——「作れる」と「使いこなせる」は、別の話
ここからは私見です。モデルが賢くなるたび、「作れる」の天井は上がります。半年前にできなかったことが、今できる。来年はもっとできる。でも、賢くなったAIに 何をどう作らせ、どう品質を担保し、どう回し続けるか という設計は、勝手には湧いてきません。
アルキメデスが、こう言ったと伝わっています。
私に立つ場所を与えよ。そうすれば、地球を動かしてみせよう。
——アルキメデス
AIは、誰の手にも配られた巨大な てこ です。でも、てこ1本では、何も動きません。重いものを動かすには、足場=支点 が要る。その支点が、さっきの設計でした。手順、評価、記憶、改善のループ——そういう土台に足をかけて初めて、AIという てこ は、本当に重い仕事を動かし始める。
砂の上に、城は建てない —— 設計は、何度も詰める
散歩しながら音声で工場を建てられる時代に、本当に効くのは、指示の上手さではなく、設計でした。そして設計は、一発では決まりません。何度も、何度も、描き直すものです。

私のやり方はこうです。いきなり作らせない。まず プラン を立てさせる。次に、AIに 質問させる——「ここ、どっちの意味? これは要る? 何を正とする?」と、こちらが答えに詰まるまで、何度も聞かせる。そのうえで、私の設計そのものを 質問攻めで炙り出させる(私はこれを “グリル(炙り)” と呼んでいます)。穴が残っていれば、容赦なく見つかる。
面倒です。実際、すごく面倒。でも、ここを飛ばすと、あとで全部やり直しになる。砂の上に、城は建てられない——土台がゆるいまま上へ積むと、賢いAIほど、立派な砂の城を、猛スピードで建ててしまうのです。アルキメデスで言えば、設計を詰める時間は、支点を固める作業。地味だけど、ここがいちばん効く。
だから、歩く —— AIと、クリエイティブをぐるぐる回す
もう1つ、大事なことがあります。設計は、机に座って唸っていても、なかなか降りてきません。
私がいちばん設計の進むのは、歩いているとき です。外に出て、血を巡らせて、AIと音声で話しながら歩く。すると、座っていたら出てこなかった筋が、ぽろぽろ出てくる。スタンフォードの研究でも、歩いている人は座っている人より、創造的なアウトプットが平均で6割ほど増えた、という結果が出ています。
これは私の発明でも何でもありません。スティーブ・ジョブズは、大事な相談を 歩きながら やることで有名でした。マーク・ザッカーバーグも、採用面接を キャンパスの散歩 で行うことで知られています。歩いて、脳を起こし、会話でアウトプットしながら、考えをぐるぐる回す——昔から、作る人たちがやってきたことです。
違うのは、いまは その散歩相手が、AIになった こと。歩きながら「こうしたい」と話すと、向こうが即座に形にして、こちらはまた次を思いつく。運動と、創造と、実装が、1つのループで回り始める。だから私は、設計に詰まったら、まず 靴を履きます。
まとめ
AIは半年ごとに賢くなる。「作れる」はどんどん配られる。でも、それを 業務システム に変える設計——何度も詰めた、ぐるぐる回る土台——を持っている人のところにだけ、成果物が安定して流れ続けます。2年前の妄想が動き出すなら、今のうちに、自分の工場の設計図を一枚、描いておく価値はあります。
そのうち、散歩することも、音声で指示することすら、AIが代わりにやる日が来るのでしょう。そのとき私に残る仕事は、たぶん「どこへ向かうか」を決めることだけ。——なんだ、それが、いちばん面白いところじゃないか。