私のNotionには、生き残ったツールと死んだツールを両方記録している台帳がある。名付けて「退役者名簿」。今月、6体目の名前をここに書き足した。5体は消え、1体だけが残っている。
「AI 業務効率化」は月に約1300回検索されている(DataForSEO調べ、競合度MEDIUM)。この数字を見て最初に思い浮かんだのは市場規模ではなく、名簿に並ぶ5つの敗因だった。
指先幕府に仕える者たち
Excelのショートカットは、私が頭で判断するより体感0.3秒くらい速く指が動く。新しいツールの操作は、押す前に「これ本当に効くのか」と一瞬止まる。そのコンマ数秒の迷いのせいで、新しいツールはだいたい三日で消える。
私はこの現象を「指先幕府」と呼んでいる。脳より指のほうが偉い。罫線の引き方、フィルタの外し方、あの謎のショートカット——ぜんぶ指先幕府の家臣で、私はただの飼い犬だ。
去年入れたタスク管理アプリは、4日目の朝に静かに消えた。理由は締め切り一覧をExcelで組み直していた自分に気づいたからだ。新しい画面を開くたびに「タグは何色にすべきか」を考える。それだけで数秒溶ける。
Excelなら、考える前に指が動く。
忘れていた3000円

名簿の5体のうち3体は月額980円前後のサブスクだった。うち1体は解約を忘れて4ヶ月放置し、合計3920円を払い続けていた。使った回数はゼロである。
給料だけもらって、一度も戦わずに解雇された社員がいたとしたら、私は間違いなく人事に呼ばれる。だが相手はアプリなので、誰も呼ばれない。
教祖のくせに入信していない

自社のAI業務効率化システムは約260社に、Chrome拡張は約700人に使っていただいている。この仕事を1年半やっている。ある納品先の担当者に「御社は自動化の会社なのに、そちらの業務はどこまで自動化されてるんですか」と聞かれたとき、答えに3秒詰まった。
私の議事メモは、今日もスプレッドシートの同じセルに手打ちしている。260社の家臣を統べているはずの将軍が、自分の城では指先幕府に頭を下げている。5分の作業をサボるために5時間かけて自動化ツールを作る人間が、その5時間で作ったツールを自分では3日しか使わない。
面倒くさがりの極北にいるのに、一番面倒な「覚え直す」だけは避け続けている。
家計の裁定者

この構造を一番的確に言い当てたのは妻だった。家計簿アプリを3つ乗り換え、結局レシートを紙袋に溜め込む生活に戻った過去を持つ人である。
「新しいアプリを試す日じゃなくて、古いアプリを消す日を決めた方が続くよ」
返す言葉がなかった。うちの家計では、古いやり方を消す権限を持つのは妻だけだ。私は提案するが、決めるのは私ではない。
唯一生き残った理由
退役者名簿で唯一生き残っているのは、会議の議事録を自動要約してNotionに流し込むだけの地味なツールだ。他の5体との違いは、機能でも値段でもなかった。
導入した日のうちに、議事メモ用スプレッドシートのショートカットキーを消した。それだけである。
戻り道を指が覚えていても、呼び出す扉ごと外した。逃げ場のない指は、案外あっさり新しいやり方を覚える。1ツールあたり覚え直し20分×導入した6体分=約2時間。Excelに戻る手間は0分。この非対称が、いつも新参者を退けていた。
消していいのは、消えても業務が止まらない手順だけだ。Notionが落ちてもリカバリできる議事メモは消せるが、請求書のような後戻りできない業務は残したまま並走させる。その見極めがついたものから、ひとつ消す。
散歩中、多摩川の土手でChatGPTに独り言のように相談することがある。「このツール、また消しそうな気がする」。返ってくる答えはだいたい正しいが、私は3日後にはまた別のショートカットに戻っている。
もし今「AI 業務効率化」で検索してこの記事にたどり着いたなら、次にやることはツール比較サイトを開くことではない。今日使っている手順のうち、ひとつでいいから物理的に使えなくすることだ。ショートカットを消す。テンプレートを削除する。ブックマークを外す。導入初日にやる。それだけでいい。
退役者名簿は、今も消さずに残してある。
多摩川の土手を歩きながら、今日もChatGPTに問いかける。
「次のツールは、何日もつと思う」
指先はもう、次の答えを覚えている。