欠勤による損失、約0.3兆円。
出勤しているのに本来の力が出ていない損失、約7.3兆円。
計算すると、約24倍です。
勤怠表は、いちばん大きな穴を見ていません。
勤怠表に映らない穴
「今日、全員出勤してます」——この一言を店長や経営者が口にするとき、劇場や寄席に下がる「満員御礼」の垂れ幕とよく似た空気が漂います。満席かどうかは分かっても、客が舞台をちゃんと見ているかまでは分かりません。私はこれを「満員御礼詐欺」と呼んでいます。中身を見ずに、数だけで安心してしまう詐欺です。
こんばんは。せおっちです。
今日は、休んだ人の話ではありません。「ちゃんと来ている人」の中で、静かに仕事が止まっていく話です。
チャットはオンライン。勤怠は正常。予定表にも名前がある。Slackには「了解です」が流れている。だから、つい戦力として数えてしまう。
でも現場では、こういう日があります。
商品ページの確認が、いつもの3倍かかる。問い合わせ返信を1通書くのに、手が止まる。広告費の増減判断を先送りする。SKU登録で、普段ならしない入力ミスが出る。同じ商品説明を、何度も読み返しているのに頭に入っていない。目だけがログアウトしている、というときがあります。もちろん、見た目や態度だけで決めつけるのは危険です。顔色や声のトーンは本人差が大きく、それ単体では判断材料になりません。
本人はサボっていません。むしろ、かなり頑張っている。でも仕事は前に進んでいない。
この「在席イコール戦力」の錯覚が、たぶん現場ではいちばん見落とされやすいです。
7.6兆円のうち、欠勤は0.3兆円
横浜市立大学の発表では、メンタル不調による日本の生産性損失は年約7.6兆円と推計されています。2022年に実施された全国27,507名の層化抽出調査をもとにしたもので、2025年6月11日に発表され、Journal of Occupational and Environmental Medicineにも掲載されています。国内GDPの約1.1%に相当する規模です。
内訳を見ると、欠勤によるアブセンティーズムの損失は約0.3兆円。一方で、出勤しているものの本来の力が出ていないプレゼンティーズムの損失は約7.3兆円。
会社が見やすいのは、休職、欠勤、診断書、遅刻、早退です。でも横浜市立大学の発表が示しているのは、もっと大きな損失が「今日も来ています」の中にある、ということです。
多くの会社の勤怠管理は、金塊ではなく「目に見える欠勤」だけを裏付け資産として発行され続ける紙幣に近い。私はこれを「氷山本位制」と呼んでいます。水面に出ている氷山の一角、つまり欠勤だけを裏付け資産として扱い、水面下の巨大な塊は誰の帳簿にも載りません。判断が止まる。ミスが増える。先送りが増える。集中力が続かない。そうしたものは、帳簿のどこにも記帳されないまま、毎日蓄積していきます。
しかも、この7.6兆円という数字は、65歳未満の精神疾患医療費約1.1兆円の約7倍とされています(横浜市立大学の発表による)。医療費と生産性損失は性質の違う指標なので単純比較には注意が必要ですが、「治療費として見えるお金」よりも「働いている現場で静かに溶けている生産性」のほうが大きく見積もられていることは、覚えておく価値があります。
退職より先に、空回りが店を削る

ECの現場では、退職者の穴は目立ちます。「担当が抜けた」「受注処理は誰が持つ」「広告運用の引き継ぎどうする」。これは見える穴なので、まだ対策しやすい。
でも、出勤している人の空回りは見えにくい。受注処理画面は開いている。広告管理画面も見ている。商品ページも触っている。会議にも出ている。けれど、判断が遅い。ミスが増える。優先順位がつけられない。「これ、昨日も確認したよね」が増える。
この状態を、私は「空回り年貢」と呼んでいます。江戸時代の年貢は、作柄が悪くても納める額は決まっていました。いまの現場も同じで、本人の頭が回っていようがいまいが、確認漏れ・修正待ち・二度手間という「見えない年貢」を毎日静かに会社へ納め続けているのです。
私も、EC支援や自社ツールを作る中で何度も見ています。Chrome拡張を約700人に使ってもらっても、自社システムを約260社に使ってもらっても、最後に詰まるのはだいたい人間の認知資源です。5分の確認作業を消すために、半日かけて管理画面を作ることがあります。
一見すると過剰です。でも、疲れている人に毎日5分の確認を積ませると、どこかで15万円の広告設定ミスになったり、商品ページの誤表記になったり、問い合わせ対応の遅れになったりします。
先日、多摩川の土手を朝の散歩をしながら、ChatGPTに同じ相談を3回していました。隣を歩く妻(我が家の「中央銀行総裁」です)に、「あなた、それ何回目?」と一言で無駄遣いを見抜かれました。同じことを何度も検討し直している自覚すらなかった。空回りは、本人がいちばん気づきにくい。身をもって実感した散歩でした。
サーバーならCPU使用率が見えます。人間のCPU使用率は、勤怠表には出ません。
1人あたり年間約69.5万円というざっくり試算
ここからは、別の調査・別の定義の数字に切り替わります。対象はメンタル不調に限らず、健康問題全般によるパフォーマンス低下です。
東京大学の1項目版SPQという測定手法があります。パソナの解説コラムでは、この手法を使った計算例として、日本人平均の生産性スコアを84.9%、つまり損失割合を15.1%とする数字が紹介されています。84.9%は「プレゼンティーズムが84.9%ある」という意味ではなく、生産性やパフォーマンス水準として読む数字です。
パソナの解説では、この15.1%という損失割合を使った計算例が紹介されています。平均給与(国税庁「令和5年分(2023年)民間給与実態統計調査」・459.5万円、以下約460万円)に15.1%をかけると、1人あたり年間約69.5万円。
これは、誰の給与明細にも記載されない「見えない賽銭」です。天引きの通知も来なければ、確定申告の対象にもなりません。ただ毎年、会社の利益から静かに納められていくだけです。
もちろんこれはざっくり試算で、給与・職種・業務内容・測定方法によって変わります。それでも、10人のチームなら年間約695万円。20人なら年間約1,390万円。楽天RPPなどの広告費を雑に燃やしたのと同じ規模です。毎年、広告費がもう1本消えています。
しかも厄介なのは、請求書が来ないことです。損失は、遅い返信、浅い判断、増えた確認、戻ってくる修正として現れます。
店長が見るのは、出勤ではなく詰まり

ここで大事なのは、「メンタル不調っぽい人を見つけて診断しよう」という話ではありません。医療判断は専門家の領域です。労務判断も、制度や個別事情を踏まえて慎重に扱う必要があります。
神話には、鏡・玉・剣という「三種の神器」が登場します。現場の店長に必要なのは、そんな宝物ではなく、もっと地味な「三種の目利き」です。①返信速度、②ミスの増減、③確認・差し戻しの回数。この3つを見るだけで、顔色や態度から病名を推測するよりずっと確実に、仕事の詰まりが見えてきます。
この3つを、現場の見え方に開くと、次の6つのサインになります。
通常なら数時間で返せる問い合わせが、半日以上かかるようになっている
普段しないミスが増えている
判断が止まり、確認待ちが増えている
同じ確認を何度も繰り返している
差し戻しが週に3回を超えている
表情や声ではなく、成果物の質や戻り回数が変わっている
診断ではなく、仕事の流れが詰まっていないかを見る。ここを間違えると、ただの根性論か、雑なメンタル判定になってしまいます。
負荷を下げる選択肢を持つ
現場でできることは、意外と地味です。業務量を減らす。締切を動かす。優先順位を一緒に整理する。問い合わせ対応から一時的に外す。広告判断を一人に背負わせない。必要なら専門家につなぐ。
そして、休ませる。これは他の選択肢と並列に並べるものではなく、いちばん優先して選ぶべき一手です。
人の集中力や回復力は、気合いでは増えません。使えば減る、有限の残高です。多くの現場は今も、これを「総取り崩し」で運用しています。入金の予定がないまま、毎日全額を下ろし続ける経営です。取り崩しを続ければ、いつか残高はゼロになります。
在庫が薄いときに、さらに大型セール、商品登録、広告調整、問い合わせ返信を全部載せたら、どこかで割れます。EC運営なら、出荷キャパが薄い週に新商品もセールも広告強化も同時には載せません。在庫を見て、キャパを見て、載せる量を決めます。人の集中力も同じ有限の資源のはずなのに、なぜかここだけノー・キャパシティ・プランニングで運用されがちです。
壊れてから修理するより、壊れる前に負荷を落とすほうが安い。これは運営の話です。優しさは、その運営の一部です。
詰まり三箇条

先ほどの三種の目利きが「見る」ためのものなら、ここからは「動く」ための三箇条です。
一、勤怠ではなく、詰まりを見る。出勤しているかではなく、返信、判断、ミス、戻り回数を見る。
二、納期を1つ外す。全部を守らせるのではなく、いちばん重いタスクを1つ軽くする。今週やらなくていいものを決める。
三、定例で「今いちばん重い作業は何ですか」と聞く。「大丈夫?」と聞くと、人はだいたい「大丈夫です」と言います。でも「今いちばん重い作業は?」なら、仕事の詰まりとして話しやすい。
商品登録なのか。問い合わせ返信なのか。広告判断なのか。レビュー対応なのか。詰まりが見えれば、分けられます。分けられれば、軽くできます。
「全員出勤しています」で終わらせない
今日の話で見たいのは、休んでいる人ではありません。「出勤しているから大丈夫」と判断されている人です。
横浜市立大学の発表では、メンタル不調による生産性損失の大部分が、勤怠表の外側にある可能性が示されています。欠勤損失が約0.3兆円。出勤している中での生産性損失が約7.3兆円。数字で見ると、穴はかなりはっきりしています。
多くの現場は、いまだに「出勤していれば戦力である」という出勤教の教義を無条件で信じています。教義というのは、検証されないまま信じ続けられるからこそ教義です。この教えも、そろそろ検証していいころです。
だから、たまには疑ってください。
出勤しているかではなく、動けているか。
返事があるかではなく、判断できているか。
席にいるかではなく、休める余白があるか。
「今日、全員出勤しています」
参考
横浜市立大学「メンタル不調による日本の生産性損失は年間約7.6兆円」
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2025/20250611hara.html
東京大学 1項目版SPQ
https://spq.ifi.u-tokyo.ac.jp/
パソナ「プレゼンティーズムとは」
https://www.pasona.co.jp/clients/service/column/healthcare/presenteeism/
※本記事は公開情報をもとにした一般的な考察です。健康、医療、労務に関する判断は、最新情報を確認し、必要に応じて医師、産業医、社労士などの専門家に相談してください。