「チャットの返信をどうするか、AIに2時間相談した」
あるカウンセラーが、相談者から聞いた例として紹介していました。
返信を送れたのか。どんな文章になったのか。その人が本来何を伝えたかったのか。そこまでは書かれていません。
確認できるのは、返信をめぐってAIとの相談が2時間続いたことです。
出典:はなえみ「[AIを使っても生産性が落ちる人](https://note.com/hanaemi_jewel/n/n8ea49afcdd29)」(2026年7月16日公開)
こんばんは。せおっちです。
仕事でAIを提供し、自分でも毎日使っている私にも、この話は他人事ではありませんでした。
ただし、先に線を引いておきます。
元記事は、AIの利用量と能力低下の因果を調べた研究ではありません。相談の現場で聞いた利用例と、それに対する筆者の所感です。
元記事の筆者は、普段話を聞く相手には、こころが弱っている人や、もともとの認知に偏りがある人が多いと説明しています。そのうえで、2時間相談した人について、何かを過剰に気にする事情や、失敗したくない思いがあったのかもしれないと推測しています。
これは観察された事実ではなく、筆者の推測です。
ここからは、研究や心理学の話ではありません。AIを毎日使う私自身の経験に引き寄せて考えます。
この記事の初稿で、私はAIに負けかけた
じつは、この記事の初稿そのものが小さな事件でした。
最初に私が考えていたのは、もっと狭い話です。
「AIへ相談を重ねるうちに、自分が最初に何を言いたかったのかわからなくなることがある」
ところが初稿では、タイトルがこうなりました。
「AIに壁打ちするほど、自分の頭で考える力が痩せていく説」
強い。目を引く。ちょっと賢そうです。
その勢いのまま本文にも、「判断力を失う」「思考が薄くなる」「自分の言葉が痩せる」といった表現が並びました。見出しもきれいに5つ揃い、比喩まで整列しています。町内会のラジオ体操より整然としていました。
でも、読み返して違和感が残りました。
私は、AIをたくさん使うと考える力が低下する、という事実を確認していません。紹介した事例も1人のカウンセラーが聞いた1例です。それなのに、文章だけが立派な因果関係を完成させていた。
最初の私の考えより、AIと整えた文章のほうが強く、断定的で、よくできて見えたのです。
ここで採用を止めました。
タイトルを弱め、観察と推測を分け、私が言える範囲を「自分の言葉が見えなくなることがある」まで戻しました。
派手さは減りました。
ただ、私が本当に考えていたことには近づきました。
これが、私の感じる 思考の外注税 です。
AIに相談した時間そのものが税なのではありません。自分の違和感を確認しないまま、完成度の高い文章や判断を採用してしまう。そのあとで「これは本当に私の考えだったか」と掘り返す手間が発生する。
便利なはずの外注先から、立派すぎる納品物が届き、発注者が仕様を思い出せなくなる。1人会社では、わりと笑えない事故です(発注者も検品担当も私です)。
AIが奪うのではなく、私が渡しすぎる

私は毎朝、多摩川を歩きながらChatGPTと話します。
経営判断。開発中の機能。前日に引っかかった会話。
AIから返ってきた案を見て、「違う。私が気にしているのは効率ではなく、自由度だ」と気づくこともあります。このときAIは、私の代わりに考えたのではなく、私の違和感を浮かび上がらせる壁として働いています。
困るのは、違和感が出る前に採用してしまうときです。
整った文章を読むと、頭の中にあった怒り、迷い、ためらいまで整理された気になります。しかし、その整理が自分に合っているとは限りません。
AIが私の言葉を奪った——と書くと、また話が強すぎます。
実際には、私が早く楽になりたくて、考える工程まで渡しすぎることがある。それだけです。
そこで今は、壁打ちを3つの役割に分けています。
最初に考えるのは私。
揺さぶるのはAI。
最後に決めるのは、もう一度私。
勝手に 壁打ち三権分立 と呼んでいます。名前は仰々しいですが、やっていることは「最初と最後をAIに渡さない」だけです。
用途によって、AIへの頼み方を変える

この使い方は、通常の仕事上の迷いや、日常的な低リスク判断を想定しています。
たとえば、チャットの返信に迷ったとき。
まず「私は断りたい。ただし関係は悪くしたくない」と、自分の意図を1文だけ書きます。そのあとAIには、完成文を無限に作らせるのではなく、こう聞きます。
「この返信で、相手に誤解されそうな箇所を指摘して」
調査なら、結論を決めてもらうより、抜けを探してもらいます。
「この判断に不利な情報や、確認できていない前提を挙げて」
文章作成なら、最初の段落だけは不格好なまま自分で書きます。そのうえで、こう頼みます。
「断定が強すぎる箇所と、根拠がない箇所だけ示して」
AIに答えを出させない、という話ではありません。何をAIへ任せ、何を自分に残すかを、用途ごとに決めるのです。
そして、相談には終了条件を置きます。
同じ不安を言い換えて3回質問したら、AIを閉じる
選択肢が増えるばかりで判断が楽にならないなら、中断する
最初に書いた自分の意図から離れ始めたら、そこまでの案を捨てる
生活や仕事に影響するほど不安が強いなら、自分だけで決めようとせず、人に相談する
最後の項目だけは、根性で突破する場面ではありません。
強い不安のなかでAIを閉じ、「さあ自分で決めろ」と迫るのは乱暴です。そういうときは、信頼できる人や専門家へ相談する。AIとの会話を続けるか、自分で決めるか、という二択にしなくていいのです。
答えを待つ時間を、少しだけ残す

多摩川でAIを開く前に、私は少し歩くようにしています。
時間は測っていません。10分と決める日もあれば、すぐ話しかける日もあります。意志の耐用年数が短いので、厳格なルールはだいたい翌朝に倒産します。
それでも、わからないまま歩く時間を先に置く。
私はこれを 沈黙積立 と呼んでいます。
積み立てているのは能力ではありません。AIの返事が入ってくる前に、自分が何を嫌がり、何を守りたいのかを観察する時間です。
AIはこれからも使います。
明日の朝も、たぶん多摩川で話しかけます。
ただ、最初の一投だけは自分で決める。
AIは投げたボールを返してくれますが、どこへ投げたかったのかまでは知りません。
チャットの返信で迷ったら、まず自分の意図を1文だけ書く。AIに穴を探してもらう。そして、同じ不安を3回聞き直したら閉じる。
最後に「了解しました」と送っても、国交はたぶん断絶しません。
強い不安が続くときは、AIだけで抱えず、人や専門家にも相談してください。