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不思議の国旅日記⑱

 扉は木のきしむ音と共にゆっくりと開いた。急激な明るさの変化に目がくらむ。
「どちらさまでしょうか」
 老人のような口調で少年のような甲高い声が聞こえた。目を慣らし声の主を見るとそこには、怪物がいた。
 身長は私より少し小さいくらいだから160センチくらいだろう。ごつごつした茶色の肌、こぶしより大きな真っ黒な瞳、細長い手の先についたかぎ状の爪、そして何より特徴的なのはストローのように細長くとがった口だ。ちょうどせみの幼虫をでっかくしたような姿をしている。そのせみが小さな丸い木製の椅子に座りながらこっちを見ていた。
 私がたじろいていると、化け物のほうから声をかけてきた。
「お客様なんて、久しぶりですよ」
 相変わらず子供の声だ。それが余計に不気味さを増している。
「さあさ、どうぞ入ってください。ろくなおもてなしなんてできませんけど」
 化け物が細い手の関節をくいくい曲げながら、顔をゆがませた。おそらく微笑んででもいるのだろうが、私が今まで見たことがある表情とは違いすぎて、全く意思が読み取れなかった。
 この化け物は不気味だが、暗闇の中にい続けることよりは幾分かましだろう。このとき私の心はそう思ってしまうほど擦り切れていた。

不思議の国旅日記⑰

 数分ほど歩くと、私は光源にたどり着くことができた。向かっている途中、この光の元がコケの一種や蛍ような人工的なものでなかったらと危惧したが、どうやらそれは杞憂に終わってくれた。

 今私は木製の扉の前に立っている。上品なつくりではないが頑丈で長い時間使えそうだし外敵の進入も阻んでくれそうな、そんな無骨な扉だ。あの光はこの扉に取り付けられている小窓のような小さな隙間から漏れているものだった。

 さて、どうしたものか。

 この世界に来てこういう人工物を見るのは初めてだ、おそらく中には住人がいるのだろう。しかし、どのような住人がいるのだろうか? 想像もつかない。もしかしたら、人間ですらないかもしれない。

 小一時間、私は扉の前に鎮座し、悩んだが結局答えはでなかった。なかの住人がどんなであれ、私にこの扉を開けないという選択肢は選べなかった。当然だ。開けないということは、さっきまでいた暗闇に戻るか、この扉の前に無意味に座り続けるか、どちらにしろ私にとってつらい選択肢しか選べないことになってしまう。

 私は自分を奮い立たせ、扉のノブを回し思いっきり引っ張った。

不思議の国旅日記⑯

 暗い穴の中をひたすら進んでいくが、何も見えないせいで進んでいるという感覚が全くない。まるで狐にでも化かされてその場で足踏みデモしているような感じだ。ルームランナーといったほうが正しいかもしれない。

 視覚情報が奪われると人間は時間感覚さえ狂いだすようだ。かなり歩いたと思うのだがどれくらいの時間がたったのかわからない。距離も時間も認識できないと言い様のない不安に襲われてくる。このままいくら言っても果てなどなく、自分は永遠にこの穴倉をさまようのではないか、そう思えてくる。

 足に乳酸がたまり足を上げることすら億劫になってきたころ、ようやく変化が現れた。先のほうにぼんやりとだが光らしきものが見え始めたのだ。それはか細い月の光にも劣るような微弱な光だったのだろうが、闇に慣れ親しんだ私の目は鋭敏にそれを捉えた。

 それにしても、上の草原でもそうだったがこの世界は変化が起こるまで時間がかかりすぎる。なにもかもが巨大なのか、世界自体がつまらないものなのかわからないが、つらすぎる。その分変化が訪れたときのうれしさはひとしおなのだが・・・。

不思議の国旅日記⑮

 あたりは何も見えない真っ暗闇。一寸どころか、1mm先さえ見えないほどだ。

 手探りであたりを確かめてみる。壁面には短い草が生えており、また、多少の弾力がある。ざらざらしているものの土のようなさらさら感はない。それにほんのりと暖かい気がする。

 テレビなどで見る洞窟はもっと石がごろごろしており、地面に虫なんかが這い回っているものだろうと思う。そう考えると、この洞窟はおかしな洞窟なのかもしれない。まあ、ここは特殊な世界だから洞窟がおかしいのは不思議なことではないし、私は実際に洞窟らしい洞窟に入った経験はないのでこの洞窟が洞窟らしい洞窟か判断する基準がないのも事実だ。

 そんなことを考えながら立ち上がると私は洞窟の天井に頭をぶつけてしまった。天井は地面と同じように割りとやわらかくそれほど痛くはなかった。この洞窟は思いのほか狭いようだ。

 しかたなく、頭を低くしながら洞窟を進む。進むといってもどちらが前だか暗くてさっぱりわからない。とりあえず、進めるほうに進むことにした。おそらく途中で分岐点があったとしてもこの暗さでは気づかないだろう。

とりあえず、迷路の鉄則である左手を壁につけるということを忠実に実行する。これで何とかどこかには出るだろう。

 しかし、それにしても、この姿勢は腰にくる。体をまっすぐにできないことが非常につらい。こういうときに自分が年をとったことを実感するのだから悲しいものだ。

不思議の国旅日記⑭

 背中と壁の間の摩擦音が穴の中で反響する。それと同時に背中が尋常でなく熱くなる。背中全体が針にさされているような感じだ。

 いくら体を動かしても、逃れることはできず。ひたすら痛みに耐えることしかできない。まるで火がついているようだ。まあ、いいほうに考えれば転がるよりはましだったかもしれない。この穴の壁面は比較的やわらかめだが、転がっていたら頭や首を打ちつけていたかもしれない。

 穴の傾きはさらに増してきており、今は大体45度くらいになっていた。それに摩擦のおかげでだんだんと落下するスピードが落ちてきている。うまくいけばそのうち止まることができるかもしれない。

 そんなことを考えていると穴の傾きはいつのまにかほとんどなくなってしまっていた。おかげで何とか止まることができた。

 が、すぐには立ち上がることができなかった。あまりに背中が痛すぎて感覚はないが、体の間接を全く動かすことができない。強すぎる刺激に脳が麻痺してしまったようだ。

 私はしばらくそのままの姿勢で横に成ることにした。

不思議の国旅日記⑬

 まっさかさまに落ちながら、私は妙に冷静な気分でいた。本当はあせったりしなければならないのだろうが不思議と落ち着いていた。

 しばらく高速で過ぎていく壁面を眺めているとあることに気づいた。壁が迫ってきているのだ。穴が狭くなってきているのか?とおもったが、そうではない。穴が傾いてきているのだ。その証拠に後ろを振り向くと壁が遠くなっている。

 ついに壁が目の前まで近づく。思わず手で触れてしまった。ぱんっと弾き飛ばされる。掌が擦り切れ激痛が走る。改めて自分が危ない状況にいることを思い知った。

 私はこれから来るであろう苦しみの時間に備えるため迫ってくる壁に背を向け体を丸めることにした。

魔女の部屋

昔書いた小説です。


魔女の部屋

不思議の国旅日記⑫

 手近にある草を握り、できるだけ奥を覗き込んでみる。が、やはり見えるのは闇ばかり。懐中電灯でも持ってくれば良かった。もしくはロープとか・・・。

 そんなことを考えていると、突然、地震が起こった。ぐらぐらと先ほど起こったものと同程度の勢いだ。乗り出していた私はバランスを崩し、穴の中へ落ちそうになってしまった。

「おっと」

 ピンクの草をしっかり握っていたおかげで何とか落下だけは免れた。しかし、揺れは収まらず、また草にはつかみ所がないせいで、ずるずると滑っていく。それがまた痛い。とてつもなく痛い。軍手でも使っておけばよかったと、絶体絶命の状況の割には私はのんきなことを考えていた。あまりにも刺激のない時間をすごしすぎていたせいで少しぼけていたのかもしれない。

 ずる、ずる、と手が滑る。もう三十センチも滑ったら奈落の底行き確定だ。しかも揺れはまだ収まらない。手近に足を引っ掛けるところでもないかと探してみるが、穴の表面は多少のくぼみはあるものの全て滑らかにふちが削れており、引っ掛けてもあまり意味がなさそうだった。

 さて、どうするか・・・。途方にくれていると、一段大きな揺れが襲ってきた。私はその拍子に思わず残りの30センチ分滑らせてしまい、穴の底へと一直線にすすむはめになってしまった。

不思議の国旅日記⑪

 最後に食事をしてから三時間ほどたったころ、やっと変化が現れた。突然目の前に大きな穴が現れたのだ。直径は5メートルほどだろうか。草むらの陰に隠れており、近づくまで気づかなかったが、目の前にするとかなり大きい。それに深い。覗き込んでみてもそこが見えない。

「おーい」

 とりあえず声をかけてみる。

 返事を待ってみるが、当然何もかえってこない。はてさてどうしてこのようなあるのだろうか? 穴はほぼ真円であり、また、垂直に掘られている。自然にできたとはとても考えられないほどだ。

 もう一度覗き込んでみる。空気の流れが感じられる。出たり入ったり、まるで呼吸をしているようだ。出てくる空気は少し臭う。ますます生き物くさい。

 しばらく観察していたが、この垂直の穴。入るわけにも行かず、かといってそれ以外にすべきアクションも思いつかない。せっかく見つけた面白そうなものなのにもかかわらず、私にはどうすることもできない。歯がゆくて仕方がないがあきらめるしかないのだろうか。

不思議の国旅日記⑩

 私は立つこともままならず、地面にうつ伏せで倒れこんだ。そして、あることに気づいた。それは、地面が暖かいことだ。暖かいといっても、ぬくい程度で料理ができるほどではなかったが、ここで昼寝をしたらぐっすり眠れることだろう。まあ、いたるところに生えている草のせいでちくちくくすぐったいのはいただけないが。

 揺れは数十秒と長く続いたが、しばらくすると何事もなかったかのようにピンクの大地は落ち着いた。

 あいかわらず太陽はいやみにわらっているし、あいかわらず地面は毒々しいピンク色だ。

 とりあえず、すぐに食べられるものだけを口に押し込み、急いでまた立ち上がる。

 とりあえず、コーヒーを飲むことはあきらめることにした。草を抜くのは不味いことなのかもしれない。いまいち満足感の得られない食事だったが、仕方ないとあきらめた。

 よく考えれば、ここは未知の世界なんだから、草を抜けば地震が起こるかもしれない。火をたいたらもっととんでもないことが起こってしまうかもしれない。

 私はこの不思議の国の旅を少々甘く見すぎていたのかもしれない。