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不思議の国旅日記⑨

長い。それにしても長い道のりだ。もう三時間近くは歩いているような気がするが、それでも、周りの景色はピンク色の草原一辺倒で、なにもかわりゃしない。私の時計はまさに壊れた時計という感じに針がぐるんぐるんとすごい勢いで回っており、この世界に来てからの正確な時間はわからなかった。
私は気力を取り戻すためにも、食事をとることにした。せっかくだから、コーヒーも飲むことにしよう。私はお湯を沸かすためにあたりに生えているピンク色の草を抜いて集めることにした。このピンク色の草、草といってもちょっと風変わりな様相をしている。まあ、ピンク色であること自体風変わりなのだが、一般の草のように平べったくなく葉というより茎に近いかもしれない。それが、枝葉もなく、スーッと伸びており、先っぽのほうに行くほど細くなっている。
私は力いっぱいピンク色の草を引っ張ったが、取っ掛かりがせいかなかなかうまくいかない。しかし、何度かトライするうちに抜くことができた。
その拍子に地面が揺れた。まるで、地面が草を抜かれることを嫌がっているかのようにゆれたのだった。

不思議の国旅日記⑧

田所博士にときに一週間分の食料と地震のときに持ち出すようなリュックサックを持たされた。田所博士の話では、扉の向こうの世界もこちらの世界と変わりなく腹も減るし怪我もするそうだ。それ以外のことは田所博士にもわからないそうだ。なんせ私の作り出した世界なのだからしょうがないといえばしょうがない。
 「がんばれよ」という軽い励ましの言葉を受けて私は扉の向こうへと旅立った。
甘い味のする空気、真っ白い空、ピンク色の雲、青赤黄緑黒白……めちゃくちゃな配色で覆われた斑な草原。とにかく不思議な世界だ。私はとりあえず人がいないか探すことにした。この世界の住人ならば、私にとって有用な情報をたくさん持っているに違いなかったからだ。
斑な草原はモンゴルの平原のように見渡す限り広がっていた。その踏み心地はとてもやわらかく、まるで雲の上を歩いているような、ベッドの上を歩いてような不安定な感じがした。右も左も同じ光景。どちらに進もうか迷ったが、とりあえず私は、にっこりと笑った顔の描かれた太陽に向かって進むことにした。

不思議の国旅日記⑦

 簡単に言えば、まさに夢。人間の深層心理や記憶、その日の気分などの情報から仮想世界を作り出し、それを実世界として扉の向こうに出現させるのだ。その世界の広さは人によって違うらしいが、田所博士が自ら実験台とな、りその世界を旅したときは一週間かけてもその世界の果てにはたどり着けなかったという。相変わらず、原理などに関する説明は一切なかったが、それでも世間に発表すれば一大センセーショナルを巻き起こしそうな発明だった。田所博士が鼻にかけるのも無理はない。
 仕事仲間のSさんは、私にこの扉の向こうの世界を旅させることによって、新たな発想を生み出させようとしたのだろう。まったく願ったり叶ったりだ。
 私はさっそく田所博士に扉の使用を願い出た。彼は「もちろん。こっちもそのつもりだ」と快諾してくれた。が、「何がおきても自己責任だよ」と一言最後に付け加えた。

不思議の国旅日記⑥

 ここから冒頭に戻るのだが、とにかくそこは不思議の国だった。私は一瞬ほうけてしまったがすぐに扉を閉めた。今見たものが何なのかまったく飲み込めず私が必死に落ち着こうとしている様を見て、田所博士はにやりと口の端を吊り上げて笑った。
「どうです? 驚いたでしょう」と自慢げに自慢する田所博士。「これはなんですか?」と私がまた尋ねると、今度はもったいぶりながらも答えてくれた。


田所博士「さっきも言ったけどね、これはね、眠らないで夢を見られるものなんだよ」
私「それじゃあ、よくわかんないんですけど……」
田所博士「わかんない? わかんないの?」
私「すいません。わからないです」
田所博士「わかんないかなあ。夢だよ夢。寝てるときみないの?」
私「いや、夢はわかりますけど」
田所博士「わかってんなら、わかんないとかいわないでよ。変なやつだなあ」」
私「……」


 田所博士との終始噛み合わない会話を頭の中で、何とか補正修正調整してわかったことは驚愕の事実だった。

不思議の国旅日記⑤

 さっさと逃げ出そうとも思った。が、Sさんの怒った笑顔とこれまでの貧乏生活の記憶が私を何とかここにとどまらせた。
 興味など微塵もなかったが、「これなんですか?」と社交辞令程度に私が訪ねると、田所博士は目をきらきら輝かせて、待ってましたとばかりに説明を始めた。
「これはね、簡単に言っちゃえば眠らないで夢を見られるものなんだ」
 彼は自慢げに言った。心の中で、白昼夢見てるあんたには必要ないだろと突っ込みながら、うんうんと相槌を打って見せた。
「まあ、百聞は一見にしかず。さあ、開いてみてくれたまえ」と、田所博士は私の手を引っ張ってドアノブを強制的に握らせた。半分ボランティア気分でこの変人の戯言に付き合うことにし、ドアノブをひねった。これで何もなかったら、本当に笑えない話になりそうだ。

不思議の国旅日記④

 やっと中から帰ってきたのはなんとも気のない返事だった。
 私が自分の身分と仕事の内容を簡単に説明すると、話が通っていたのか、田所博士は快く私を迎え入れてくれた。扉をくぐるとそこは、家の外観に輪をかけてぼろぼろだった。私がいやいやながら靴を脱いで上がろうとすると、田所博士に止められた、見れば彼は靴をはいたまま自分の家の中を歩き回っている。
「釘とかねじとかそこらへんに転がってるから素足じゃ危険ですよ」だそうだ。
 控えめに汚い部屋ですねといってみたところ、これでも足の踏み場があるだけ増しなのらしい。
私は田所博士に導かれ、家の奥のほうへ入っていった。が、田所博士は突然何の変哲もない扉の前で止まった。
「どうしたんですか?」と私が訪ねると
「これが私の最新の発明品なんですよ!」
 彼は自慢げに大きな声で扉を指差した。改めて言うが、その扉は何の変哲もない、あえて形容するならぼろっちい、扉に過ぎなかった。

不思議の国旅日記③

田所博士の研究所を訪れて、まず私が感じたことは研究所のぼろさだ。黒ずんだ木材で作られたあばら家のような外観にしょっぼい看板に汚い字で書かれた田所研究所という表札。ああこの人も貧乏なんだなあとついつい思ってしまう。まあ、相手が貧乏であろうとなかろうと私には関係ないので、さっそくブザーを押す。が、訪問者を告げるベルはうんともすんともいわない。しかたなくベニヤで作られていると思われる正面玄関のドアを軽くノックしてみる。コンコン、コンコンと何度か繰り返してみるものの返事はない。今度は思いっきりガンガンたたきながら大声で「田所さーん」と呼んでみた。
今後ろを、二人組みのおばちゃん達がくすくす笑いながら通り過ぎた。
世間から見れば私は変人博士を訪ねる変人なのだと思うと気恥ずかしくて仕方がなかった。これで呼びかけて返事がなければ、もう帰ろうと思いrながら、恥ずかしさを力に変えて思いっきりドアをたたく。
「ふぁーい」
 やっと中から帰ってきたのはなんとも気のない返事だった。

不思議の国旅日記②

私がこの不思議の国に来たのは友人であり、仕事のパートナーでもあるSさんの命令を受けたからだ。
言い忘れていたが私は小説家だ。しかも、貧乏な小説家だ。自分で言うのもなんだが、最近の私の作品はつまらないものが多く、執筆しても本にすらしてもらえないものばかりだ。小説家一本でやってきている私には他に収入もなく、なるべくして貧乏になったという感じだ。
まあ、とにかく、何かのアイデアの足しになればと田所直助博士のもとを尋ねる羽目になったのだ。田所博士は自称天才で確かに発明品はすごいものが多かった。だが、作った本人もその発明品の原理がわからず、当然論文を書くことも発明品の量産化もできず、町のへんてこ発明家にその地位をとどめていた。
本人曰く「別に原理なんかどうでもいいだろ、考えんのめんどくさいし。大事なのは結果だよ結果」だそうだ。

不思議の国旅日記①

 JRほにゃらら駅の改札を抜け、道沿いにまっすぐ進み、三番目の信号のある交差点を右へ曲がりしばらくまっすぐ。タイル張りの3階建ての家の横にある小道に入り、十五メートルほど歩いたところにある「田所」という表札のかかったぼろぼろの家に入り、廊下をまっすぐ進み、一番奥にある扉を開けると、そこは不思議の国だった。
『不思議の国』という表現はとてもあいまいでわかりにくいと思うが、その扉の向こうにあった世界を表現するのに不思議の国ということばはまさにぴったりな気がした。甘い味のする空気、真っ白い空、ピンク色の雲、青赤黄緑黒白……めちゃくちゃな配色で覆われた斑な草原。どれもこれもが私にとって予想外で、あの世というには奇想天外で異世界というには秩序がなかった。
そもそも、私がなぜ、このような不思議の国へ来る羽目になったかといえば、突き詰めていえばお金のためなのである。