連携面の不安を見越しての先発メンバー。




案の定、右サイドは機能しなかった。




これだけ勝ち続けると、相手も研究してくる。




こんな時はセットプレーが威力を発揮する。




その練習の成果が勝利に直結したのは、一つの進歩か。




短期合宿を繰り返す予選は、欧州で培った個の能力を、チームとして刷り込む時間がない。




その中で王手をかけられたのは、厳しい現実と向き合う日々において鍛えられたハートだろう。




廈門白鷺体育場は、2023年開業の新しいスタジアムだ。




廈門は台湾の対岸にある都市。




中国本土の中では、直前の試合地のインドネシアに近い都市だ。




他の都市に比べて温度差が小さくて済んだのはラッキーだった。











東京のヘルメット着用率は、全国平均の13.5%を下回る10.5%。それにしても、いくらおしゃれを求めるからといってヘルメットを販売していない良品計画に協力を呼びかけるとは。




小学生時代、図書室で「怪奇四十面相」を読んだのが、江戸川乱歩との出会いだった。明智小五郎と少年探偵団。生誕130年。横溝正史とは違った妖しい魅力。また読みたくなった。




静岡県側も入山料設定へ。世界遺産の山。財源確保の上からも自然の流れ。




システムの更新費用が払えないからだというが、その代わりクレジットカード決済のシステムを導入するという。その費用は捻出できるらしい。変わらず使えるのは現金だ。




決勝までいくと9試合。ご丁寧に3位決定戦もある。WBCという世界一決定戦を公認しながら、試合数で利益を確保する興行。秋季キャンプで自分のプレーを確認したい選手もいる中、本当に大変だと思う。












都大会はコーチとしては何度か経験があるが、最後に出たのは7年前。




又、監督となると、それなりに留意事項を把握しておかねばならない。




実質初めてとなる今回は少し気を使ったが、その必要がない項目もあった。




「記録用紙をダウンロードし、A3版で印刷する」とあったので持参したが、提出は求められなかった。「会場チームは」という但し書きはなかった。




念のため襟付きシャツを着て行ったが、シードチームの監督はTシャツだった。襟がなくてもいいようだ。




「コート上の選手は常にワイピング用タオルを携帯し」とあったので、ウチも人数分用意していったが、前の試合では片方のチームは1人もつけておらず、審判その他、どこからも指摘がなかったので、ウチもつけずに試合をした。




「鳴り物(太鼓、バルーンスティック等)の使用を禁止」とあったが、メガホンを叩いての応援はOKだった。かなりの音量だったが。




「8時15分より前に会場校に着かないようにする」とあったが、実際にはその前に来ていたチームがいた。ちなみにこの文章は、スミ網を敷いて強調されていたが。




小学生の大会と違って、『会場責任者=日常的な管理者』いうこともあるのだろうか。











都大会一回戦。




前日からのいいリズムでスタート。




順調に加点するかと思ったが、ミスから崩れていった。




負傷者のいる中での戦いだったが、それとは関係ないミスで、都大会では、そこは見逃してはくれない。




相手のペースに嵌ってからは、前向きに思考を進めるチャンスはなかった。




練習通りのことをやっている間は可能性があるが、やっていないことに賭ける展開は、イコール、偶然に期待する展開だ。




バレーに対する意識の差で負けた気がする。




この日はブロック2位同士の戦い。




単純に、ブロックのレベル差を測れる、いい機会だった。




だがその差は想像以上だった。




負けるべくして負けた。




支援してくれた保護者の方達、予選で勝ってきた学校や、その運営に尽力していた先生達に申し訳なかった。




そして都大会で1勝するには、相当の頑張りが必要なことがわかった。




チームのコンセプトをもう一度考え直す必要に駆られた。




そしてそれを、地域のバレーボール普及に、どうつなげるか。




かなり根っこの部分に触れることに。






今夜は長い夜になりそうだ(松山千春♪)











テスト明けの練習は、リラックスした雰囲気で行わせる。









体をほぐし、コンディションを取り戻す目的も兼ねる。




翌日、早速練習試合が入っているのはありがたく、さまざまなシーンを確認。







試合会場では、各学校の顧問教諭と情報交換を行う。




こちらからは競技に関わるもの、向こうからは教育界について。




さまざまな立場の人が、競技を支えている。