四大陸選手権のバラード1番は素晴らしかったです。

 

(dasaniさんの動画)

 

また一つ羽生くんの芸術作品が生まれた、と思いました。

Notte Stellata。春よ来い。そしてついに、競技プログラムのバラード1番。

 

6練で新しい衣装を見たとき、ちょっと当惑した。

これまでより柔らかい色合い。

この短い期間に衣装まで新調するのは難しいのではないかな、2014-2015シーズンみたいに水色の青みをちょっとだけ濃くするのかなと思ったけど、青の代わりに、間違えて緑の染料に浸しちゃったんだろうか。

羽生くんの凄烈なバラード1番とそぐわないのではないかしら。

 

でも、四大陸のバラード1番の演技は、柔らかみを帯びていた。

斬りつけるような、刺し通すような厳しさは消え、激しさが高まるステップシークエンスでも外への放射以上に、内面の高まりを感じた。

羽生くんとバラード1番が一体化していた。

演技が終わった時、衣装の色に納得した。

 

思えば2014-2015シーズンは、バラード1番に食らいついてははじき返されていた感じがする。

2015-2016シーズンは、食らいついてものにした。。

2017年のオータムクラシックでは、「羽生結弦はバラード1番を完全攻略しました」と言ってどやっているかのように見えた。

一方、ピョンチャンのバラード1番は孤高の美しさを感じた。

今回、その再演になるかと思ったら、更に違う魅力を携えてきた。

 

今回のバラード1番の柔らかみは、特に腕の動きが醸し出しているように感じる。

2014-2015シーズンは、腕がばたばた動いているように感じて気になった。2015-2016シーズンも少し。人形みたいに肩に関節があるのがよくわかる動き。

今回は、関節が肩、肘、手首にあることがわからないほどに動きが柔らかだった。不思議だけれど、腕全体にわたって関節がたくさんあるのかと思うような動き。

背中から腕が出ているようで、ものすごく大きな空間を支配し表現している感じがした。

そして背中もしなやかだった。

羽生くんの上体のしなやかさにびっくりしたのは、2019FaOI「残酷な天使のテーゼ」のソロパート。それ以降どんどんしなやかになっている気がする。

 

上体を使って十分に表現できるということは、まずスケーティングの技術力と体幹ありきである。

陸上のダンスとは違うのだ。

数回受けたスケートレッスンで、私は重心(氷を押す位置)がブレードの後方に行けば足は前に進んでしまうし、前方に行けば後ろに進んでしまうということを学んだ(すぐに忘れて転倒するのだが)。

バラ1を真似して、静止した上体で頭をくるんと回すだけで、重心が動いて静止できなくなる。

 

羽生くんは、上体があのような自由で複雑な動きをしながら、足元はその影響を受けずに華麗なステップやターンを紡ぎ出し高速で移動していく。フィギュアスケートの粋を見せてもらっていると思う。

 

ピアノにぴったり寄り添っているのだけれど、音やフレーズ一つ一つを追って忠実に表現するというよりも、バラード1番の世界を表現するために羽生くんが身体で旋律を奏でていて、羽生くんから音が鳴っているかのようだった。

 

こんな演技を見られて本当に幸せだと思った。

羽生くんも満ち足りた表情をしているように見えた。

 

 

TESは63点を超えていた。この演技にはPCS50点がふさわしい。

113点、悪くても112点は越えるだろうと思った。

ところが、得点がなかなか出ない。

「またぞろ何をよからぬ相談を・・・」と思いたくなるほど長かった。

演技が終了してから点が出るまで後で計ったら5分20秒経っていた。

得点催促の手拍子が出てからも30秒得点が出なかった。

(ちなみにボーヤンの演技終了から得点掲出までの時間は2分28秒)

 

「TSLの人たちが、羽生くんがキスクラでパパシゼのことに言及していた、と言っていた」というツイートを読んで、上のYouTubeを注意深く聴いてみたら確かに、点がなかなか出ないのを待っているとき、

「ヨーロッパ選手権でシゼロンとパパダキスが負けたとき、点が出るのにすごく長くかかったよね」とブライアンに話しているのが聞こえた。

羽生くんも不安だったのだろう。

自分では、今までで一番と言って良い演技が出来たけれど、評価されるだろうかと。

 

結局得点は111.82点で、私は大いに不満だった。

最近プロトコルを見るのが苦痛になっている。ジャッジに対する不信感に苦しめられるからだ。

でも見た。

PCSは48.40。

Transitionsが9.50で、PCS5項目の中で最低。これがPCSを押し下げている。

しかもなんと、ジャッジ9人全員が9.50である。こういうのはあまり見たことがない。少なくとも私は初めて見た。

調べてみると、今回の四大陸選手権男子ショート25人の5つのPCS計75項目で、全ジャッジの点数が揃っていたのは、羽生くんのTransitionsだけだった。

 

「何をよからぬ相談を」と思ってしまっても仕方がないと思う。

 

2020四大陸のPCS48.40を、他の試合のバラード1番(ノーミス)と比較してみると、2015NHK(46.89)は別として、2015GPF(49.14)、2016World(49.04)、2017ACI(48.55)、2018平昌(48.50)より低い。しかし、こうやって見ると、2015年のGPFをピークに徐々に下がっている。演技の質は段々上がっているように感じるのだが。

ふむ。

ISUとしては、2015GPFで爆上げしてしまった羽生くんのPCSを抑えたいということなのか。

競技採点の趣旨と違うと思うが。

 

羽生くんが気にしていた、パパダキス/シゼロンの2020ヨーロッパ選手権のフリーを見てみると、演技終了から得点掲出まで7分30秒かかっていた。

パパダキス/シゼロンの2020ヨーロッパ選手権のフリーでは、試合前のジャッジミーティングで、PCSの10点満点をやたらに出さないようにという話が出たそうだ。

これを、PCSに10点満点が並ぶパパダキス/シゼロンの点を抑制しようとした陰謀だと見る人たちがいる。

一方siennaさんによると、試合前ミーティングでは「ミーティングのフォーカスを明確にして興味深くするために、一つのトピックを具体例として選ぶよう推奨されているので、ユーロの時はPCS上限がチョイスされてたのかもしれない。」

とのことで、私はsiennaさんを信頼しているのできっとそうなのだと思う。siennaさんはISUのcommunicationや動画をしっかり見て読んでその上で声を上げる人である。

 

では何故そんなに点が出るまで時間がかかったのかというと、Luce Waldさんによると

パパダキス/シゼロンの演技中、「ワンフットステップがパターンダンスタイプステップでコールされてしまったので、一旦ノーカンになり再審査に時間がかかりました。」とのことである。

私は不勉強でアイスダンスのエレメンツが何もわからないので、そうなのか、と思うだけだが、つまりPCSをめぐるジャッジの問題だったのではなくテクニカルパネルの問題だったということらしい。

これも納得できる。

 

翻って、羽生くんの演技でテクニカルパネルが悩むような危ないエレメンツは何もなかった。何故時間がかかったのかわからない。

Philip Hershさんは、プーの回収のために点が出るまで時間がかかったとツイートしていたが、これは違うと思う。彼の最近の発言に私は非常に不信感を持つ。

念のため平昌のバラード1番のときの、演技終了から得点掲出までの時間を計ってみると3分ジャストだった。今回より2分20秒も短い。もちろん大量のプーが飛び交っていた。

 

そして今回Transitionsが 不自然にオール9.50なのを見ると、羽生くんの得点が世界歴代最高になるのは許すにしても、後々ネイサンが越えられないような点を出すわけにはいかないと、およそ2分半「よからぬ相談」をしていたのではないかという妄想がどうしても打ち消せないのである。

 

GOEについても言いたいことがある。

どうしてオール5じゃないんだろう。。。言っても虚しいが。

どこにも非の打ち所がないのに。

加点項目5つどころか6つクリアしているエレメンツが多いのに。

 

FCSp4(フライングキャメルスピン)の加点素点は、全要素の中で1番低かった(満点を100点とすると67点)。私は理由がわからなかったので、スケオタの娯楽さんのYoutubeを見てみた。

 

この方の解説は、とてもニュートラルな気がして今のところ信頼している。が今回は引っかかった。

ドーナツスピンで8回転しているとき「回転速度が落ちてしまっている」ので、(1)の「スピン中の回転速度および/または回転速度の増加が十分」の項目が満たせないため、プラス項目は5つあるがGOEは3になる、とのこと(加点項目の(1)と(2)を満たさない場合GOE4、5は出せないルールがある)。

ジャッジも4が3人、3が4人、2が1人と、3を出した人が多かった。

 

何とまあ。

実はツインマーマンさんのバラード1番は羽生くんがドーナツスピンをしているところでリタルダンドがかかっている。音楽がテンポを落としているときに、回転速度が上がったり、元のテンポを維持して回転していたりしたら、おかしい(変)だろう。

羽生くんは音に合わせてスピンしている。彼のこの能力はジュニアの頃から優れている。

それを評価するどころか、回転速度が遅くなっているから加点対象になりませんとするのは、どうなんだろう。

「スピン中の回転速度が十分」は、音楽に合っていれば十分、と見なすべきではないだろうか。そうでないと、音楽がゆっくりになるときのスピンでは、(6)要素が音楽に合っている、と(1)は決して相容れないことになってしまう。

頭が固いなあと思う。

 

さらに、ベテランには辛い採点、伸び盛りには甘い採点。フィギュアスケートではそれが当たり前、という意見をよく見るが、本当にそれでよいのだろうか。

よくないに決まっている。

いやしくも、オリンピック競技である。スポーツなのである。いかに採点競技といえども、試合により、ジャッジにより、選手がベテランか新人かにより、演技に対する評価が異なってよいはずがない。

 

今のISU(と言って言い過ぎなら、一部のジャッジ。でもずっと放置しているのだからやはりISU)のやり方を見ていると、採点を測るメジャー(基準)が選手によって伸びたり縮んだりしているようで、とてもとても気持ちが悪い。

ウサイン・ボルトが走るときは、速く進むストップウオッチでタイムを測り、ブブカが跳ぶ時は、バーの高さを0.95掛けしているようなものだ。それではスポーツではないだろう。

 

羽生くんがどんなに素晴らしい演技をしてもGOEとPCSを出し渋り、ジャンプ以外誉めるべきところがない(しかも美しくない)ようなネイサンの演技にGOEとPCSを気前よく出す今の採点傾向は、歪んだ世界を見ているようで絶望的な気分になる。羽生くんにだけ適用されるシリアスエラーも含めて。これでは試合の前から結果が決められているようなもの。ISUの茶番を見せられているようで腹立たしい。羽生くんをもてあそばないで欲しいと思う。

 

こんな風には思いたくなかった。

だって誰も、滅茶苦茶な数字を出す体重計で体重を測りたいとは思わない。誰も、壊れたジャッジシステムに自分の演技を委ねたくはないだろう。

でも羽生くんは競技を続けてくれている。

 

ジュニアの頃から、自分が出したい点を、エレメンツ毎GOE加点も含めて、PCS各項目全て目標値を決めてそれに向かって頑張っていた。それはジャッジに対する信頼が無くては出来なかったことだと思う。

 

2019Worldの後、ネイサンに勝つためにはどうしたらよいだろうと、プロトコルを見つめ、基礎点の高いエレメンツを入れなければいけないと結論して、必死で基礎点の高いジャンプやジャンプコンビネーションを高いクオリティで得点に結びつけるべく構成に取り入れた。

そんなジャッジに対する羽生くんの信頼を、ISUは2019World以降、裏切ったのだと思う。

 

今では、評価されなければそれはそれで仕方ない、という諦念すら持ちながら羽生くんは競技をしている。

 

「今シーズンちょっと辛いことがあった」と羽生くんは言った。

それは、ジャッジシステムを信じられなくなったことなのではないかと私は思っている(もちろん違うかもしれない)。

でも、競技者として、自分を審査するジャッジたちを信じられないとしたら、ものすごく辛いことだと思う。

私だったらこんな馬鹿げた採点をするジャッジシステムで試合などやっていられない。

 

でも羽生くんは競技を続けてくれている。疑念を持ちながらも、競技プログラムを滑ることで自分を表現できるという信念を持って。

羽生くんはどこかで信じているんだろう。ISUが、フィギュアスケート界が、目覚めることを。公正で透明なジャッジングをすることこそ、フィギュアスケートが成長し生き延びる道だと気づくことを。

そんな羽生くんを応援する者として、羽生くんが自らを委ねるジャッジシステムが壊れているとは言いたくなかった。

でも言っちゃった。

かくなる上は、私も何とか希望を持つよう努力しよう。

フィギュアスケートの将来に。