2019年6月1日、Fantasy on Ice in Sendaiの2日目公演に行った。

 

 私にとって、初めてのアイスショー。というより、初めて肉眼で羽生選手の演技を拝見するチャンスに赴いた。一足先に今年の3月埼玉ワールドで男子ショートを観戦した姉と一緒だったので、初めてでも心細い思いはなかった。

 

 仙台駅東口のシャトルバス乗り場に12時頃到着。モデルハウスの前で美しく咲き誇る薔薇のフェンスを左手にバスを待つ人々の行列に並ぶ。100m以上並んでいたようだったがほんの10分程で乗車することができた。

 

 仙台駅からタクシーで行く覚悟でいたので、HPのシャトルバスのお知らせを見た時はありがたかった。チケットを買う前に宮交観光サービスに電話して、セキスイハイムスーパーアリーナまでの所要時間、バスの待ち時間などを訊いた。

 

「HPに随時出発とありますが、具体的には」

「満席にならなければ15分おきくらいに出発します。満席になったらすぐ出発します」

「そんなに台数手配できるのですか?人数すごく多いと思いますけど」(不信感丸出し)

「予約して頂いた人数で調整します」

「わかりました。予約します!」(ころっと納得)

 

 色々な会社の色々な外観の大型バスが次から次へお客を乗せては発車していく。復路で乗ったバスは山形県のバスだった。福島県からも助太刀に来ていたらしい。それぞれのバスは会場に行って乗客を降ろすと終演まで駐車場で待っていた模様。駐車場にずらっと並んで壮観だった。

 

 会場で驚いたのは、数千人の人が移動、入場、あるいはトイレで並ぶ、待つ、進むという過程がとても整然としていたこと。喧噪や、我先にという雰囲気が無く、ランダムではなく秩序だっている感じがした。あたかも「羽生くんが嫌がるようなことはしない」という暗黙の了解が人々の中にあるようだった。

 

 席は西側のスタンドA。13列。ステージは北側にある。ステージを正面に見て左側のロングが西である。

 

 演技をする人の顔はわからないが、リンクをどう使っているかなどの動きはよく見える。

 オープニングで次々スケーターが出てくるが、大体その動きでスケーターが誰かわかるものだと感心した。梨花ちゃん、さっとん、メド、リーザ、ザギ、織田くん。ジョニーが思っていたより細くて少しびっくりした。プルシェンコと羽生くんが一緒に出てくる。羽生くんはジョニーよりさらに細くて華奢な感じがする。と思ったら4T着氷で転倒。リベンジ精神丸出しですかさずぐるっと回ってもう一回4Tトライ。きれいに決まった。

 

 羽生くんのどやどやしさや愛らしさはやはり表情が見えないのでわからない。雰囲気から推測するだけである。

 

 今回のショーでまず感じたことは、音が大きい、ということだった。大きいというよりうるさい。耐え難いときもある。姉は「失礼かなあ」と言いながらも時々両手で耳をふさいでいた。私はこの大音量が苦痛とならないように何とか自分の脳を調整した。頭の中が音で一杯になるのは恐ろしいようでいてほんの少しばかり快感でもあった。でも苦痛の一歩手前ですんだのは、Toshlさんの歌、BENIさんの歌が素晴らしかったためだと思う。またスタンドAということでスピーカーからの距離が近すぎたのかもしれない。帰ってからも二三日は頭痛がしたのは音量のせいではないかと思っている。

 

 一週間以上たった今もToshlさんのクリスタルメモリーズのメロディー、BENIさんの永遠、見えないスタート、末延さんのカルメンが頭の中で響く。そのくせ、肝心のスケートの方はほとんど印象に残っていないし、頭の中で再現できないのが悲しい。耳には焼き付いたけれど目には焼き付かなかった。。。全体的なぼわっとした雰囲気だけが残っている。

 

 ステファン・ランビエールのシューベルト即興曲90-4。彼の演技から柔らかな光と柔らかな波動が伝わってくるような気がした。彼のスケートは、遠い席からでも楽しめた。曲調をさりげなく捉える。ひらひらと舞う。

 

 シューベルト即興曲といえば町田樹さん。彼はさりげなくではなく、濃厚にがっつり表現していた。どらちもありだと思う。町田樹さんのシューベルト即興曲90-3は一曲をフルに使っての演技だったが、ステファンは結構編曲していて、それが残念だった。曲をはしょられるとそこで「えっ」とびっくりして気持ちが切れてしまう。「大した長さではないのだから全部やってくれてもいいのに」と思ったが今Youtubeで確認したら7分あった。スケーターにとっては結構長いかな。

 

 クラシックの曲を使った演技は、編曲で興ざめになることが結構多い。許せないのは拍子まで変えてしまうもの。今シーズンの山本草太さんの「G線上のアリア」など、長く伸ばす音符をちょん切って次の小節に移っていた。バッハの変拍子なんてあり得ないでしょ。それも音楽的なこだわりからの編曲ではなくて、「音が長すぎると振付が~」という手前勝手な都合だということが丸わかりの編曲。宇野さんの「月光」も変拍子で気持ち悪くなって「激昂」しそうになった。宮本賢二さん、樋口美穂子さんの感性を疑いそうになる。草太くんのスケートは好きなのに、編曲ショックで今シーズンのショートは一度しか観ることが出来なかった。

 

 羽生選手の「バラード1番」の編曲は私はすごく気に入っている。ショートの曲としてあれ以上よい編曲はできないのではないかと思う。バラード1番短調のみバージョンということで筋も通っているし。でも知り合いのピアニストにすれば、繰り返しパートをことごとくカットして許せないらしい。

 

 それを思うと福間さんがよくFantasyOnIce2015金沢で、羽生くんの演技に合わせた編曲で演奏してくれたなあと、彼の懐の深さに感嘆する。FantasyOnIce2016では羽生くんがいないのに、ビデオの羽生くんの演技と合わせて演奏してくれた。羽生くんだからこそ、そこまでして上げたいという思いになるのかな。

 

 私の知っている教会の牧師さんが義兄の仏式葬儀でお焼香をしてくれことがある。ちょっと共通した懐の深さを感じる。

 

 話がものすごくずれた。

 言いたいことは、クラシックの曲を使うときは、安直な編曲ではなく、作曲家に敬意を払った編曲であってほしいということである。

 

 ステファン・ランビエール、ジョニー・ウィアー、プルシェンコ、荒川静香さんは、ショーでの魅せ方を知っているなーと思った。リンクを全面使い、東、西、南の客席まで意識して滑る。滑りながらスケートの魅力をアリーナ全体に満たしていく感じ。

 

 ステファン、ジョニー、荒川さんは、テレビで観た幕張の演技より、会場で見た演技の方が素敵だと思った。つまりテレビ画面で捉えられない魅力を持っている。

 

 反対にテレビの方が魅力的だと思ったのは、織田くん、エラジ・バルデ、ザギトワ。

 

 ザギトワの試合プログラムはジャッジ席にアピールするように作られているなと思ったことがあるが、「カルメンファンタジー」もそうだった。東に向かって演技するブログラムである。テレビでは顔の表情や細かい手の動きがわかるからカルメンの曲に合わせて演技しているのがわかるが、遠い席からは何をやっているのかわからない。しかもこちら(西)側はほとんど無視である。「これではお金取れないよ」と思った。

 

 梨花ちゃんの来シーズンショート「バグダッドの朝食」は、何だかもがいている感じでよくわからなかった。まだ自分の中でも振付がこなれていないのかな。これから神戸、富山と進む内にどんどんよくなるかもしれない。

 

 さっとんの来シーズンフリーの「シンドラーのリスト」は、胸に来るものがあった。鮮明ではないが、ぼんやりした薄い光を感じる。その光はまだ弱いが確かにキャッチすることができる。

 

 メドの「7Ring」はかわいかった。そして彼女はお客に楽しんでもらうのが好きなような気がした。この曲は私にとってはまずサウンド・オブ・ミュージックの「My Favorit Things」として聞こえてくる。楽しかった。メドは踊りがうまい。

 

 ナハーロさんのフラメンコは素晴らしかった。あれがフラメンコなのか。あれが。と興奮してしまった。ハビのスケートもよかった。「マラゲーニャ」の改訂版なのかな。

 

 エアリエル、というのか、ロープを使った空中演技。心臓に悪かった。演技をする二人よりも、後ろでロープを引っ張りながら出たり引っ込んだりするロープ隊ばかり見ていたような気がする。結構おもしろいし。演者二人は確かにうまいし見事だしスリルがあるし綺麗だし言うこと無いんですけど、何でそんな危険なことするの? って思ってしまう。

 

 リーザのくねくねの魅力は西スタンドAまでは届かなかった。彼女のジャンプ助走時の腕はいつも気になる。脱力しているが美しくない。その腕の形でのスピンも「うーん」と思う。肘を下げて手首を上げて指を下げた形が美しくないと思うのは、バレエの影響かな。

 

 とにかく。羽生くんだ。

 

 羽生くんの演技は別格だと思った。光を放出しながら滑っているようだ。テレビで「マスカレイド」と「クリスタルメモリーズ」を見て、どちらも凄いけど私は「クリスタルメモリーズ」の方が好きかもしれないと思っていたので、2日目がクリメモで嬉しかった。

 

 Toshlさんの歌声と羽生くんの演技が、どちらも引かぬ勢いでぶつかり合い、融け合う。ものすごいエネルギーの放出を感じた。きらきらと輝きながら(衣装だけでなく、羽生くん自身が)のびやかに時に激しくリンクを縦横に滑っていく。頭が歌と羽生くんで限界まで満たされて、感じることしか出来ない、何も考えることが出来ない状態だった。美しく凄烈な清廉の士を見ているようだった。

 

 残念ながら、今あの時のことを思い浮かべようとしてもこれしか出て来ない。情けない。7月7日のBSフジの放送を見られるのを楽しみにしている。

 

 羽生くんの演技はとてつもなく密度が濃い。一度では何が起こったのかよくわからない。衝撃だけを受ける。そして繰り返し繰り返し観ることになるのだと思う。

 

 初めてのアイスショーで、東北枠でチケットを申し込める幸運に恵まれ、どの席を希望しようかと悩んだとき、アリーナ席は前に人がいたら見えないだろうと思いスタンドがよいと思った。実際にはアリーナにも(スタンドより緩いが)傾斜をつけた席が設けられていて、後ろの方でも見えるようだった。

 

 スタンドだと顔も表情も分からないだろうけど、スピード、躍動感、身体全体を使った表現がテレビよりわかるのではないかと思ったのだ。でも結論として、スタンドA席は私にとってはフラストレーションのたまる席だった。全体が見えるといってもやはり遠すぎた。特に羽生くんを観るとき、そう思った。

 

 私は、2017年ヘルシンキ世界選手権の羽生選手の演技を、Janne Passiさんによる動画で何度も観せてもらった。かなり上の方の席で撮ったのだと思う。私のPCではフルスクリーンにしても羽生くんは1cmに満たない。それでもものすごく感動した。だから遠い席でも大丈夫だと思ったのだ。

 

 でも考えてみれば、私はこの動画を100回近く観ていると思う。何度も何度も観ることによって、少しずつ演技が頭に染み込んで行く。そして、ニコニコ動画のハンガリー解説(画質がとてもいい)や、録画したフジテレビの映像も見ている。Daren TanさんのYoutube動画(ジャッジと反対側だがリンクに近い)も観ている。そうして初めて私は全体像が理解出来た気になったのだ。

 

 だから、もしかしたら、どの席に座っても、羽生くんの演技を見終わった後は、フラストレーションが溜まったかもしれない。アリーナの一番前で観ることが出来ていたとしても「全体がよくわからない」などと不満を言っていたかもしれない。

 

 羽生くんの演技に関しては、いくら観ても「十分見た」と思えないのかもしれない。いわんや遠くから一度だけでは、喉の渇きが余計ひどくなるようなものだ。みんなどうしているのだろう。