「方向を変えないで」
預言~停滞しているように感じても神から与えられた召しの中を歩みつづける~

こんにちは。
私は完全な従順からこのビデオを投稿しています。
見ての通り、車の中は散らかっていて、後ろにはバイクが積んであります。
動画を撮って投稿しようとはまったく思っていませんでした。
でも、あなたがどこに今いようと、この動画をライブで観ているのか、それともこの動画を投稿してから一週間後、あるいは1年後に観ていたとしても、聖霊様があなたをこの動画を観るように導かれたのだと信じます。
「聖霊様、この言葉、このメッセージが誰に向けたものであろうと、聞くべき人達が聞くことができますように。
お父様。この動画、このことばを通して、あなたが彼らの心に働きかけ、あなたが分かち合いたいことを分かち合ってください。
イエス様、あなたの力強い御名によって祈ります。アーメン。」
皆さん。車に乗る直前に、私は、多くの人達がなにか漂っている感じで、神様に「私は一体何をしているんですか?」と尋ねているのを感じました。
そしてこうも尋ねているのが。「主よ、私達は一体何をしているのでしょうか?」
というのも、あなたは神様があなたを特定の方向に召し、そして主が示した導きに向かっていることは分かっているけれど、漂っている、彷徨っている感じがしていて、なにか間違ってしまったかもしれないと感じているからです。
「主よ、私は自分の人生で何をしているのでしょうか?
このシーズンに私は一体何をしているのでしょうか?
自分が非生産的な感じがするし、あなたが私にしなさいと言われたことを忙しくしていない、果たしていない感じがします。
でも私はあなたの御声を確かに聞いたし、あなたに召されたところで従順してきたことは分かっています。
しかし今、自分が無能で、彷徨っている、漂っている感じがします。」
この「漂っている感じがする」という言葉が何度も浮かんできます。
ちょうど昨日、とても親しい友人にあることを分かち合ったのですが、その一部を皆さんにも分かち合いたいと思います。
私達はそのことについて話し、祈りました。
この「彷徨っている、漂っているような感覚」というのは、時に、神様が私達に与えているプロセスの一部である場合があります。
待っている間も主はあなたと共におられます。
あなたは、自分が力を発揮していなくて、神様から召されたことを完全にはできてない、あるいは失敗してしまったと感じているけれど、その前の段階では従順だったことは分かっている。
そのような彷徨っているように感じる季節でも、神様はあなたと共におられます。
神様がこのプロセスには関わってはいないと感じる時もありますが、これはあなたが神様から召されたことを果たしていくために次なるステップを踏み出す過程の一部なのです。
あなたは「主よ、私は何をしているのでしょうか?私の人生で、このビジネスで一体何をしているのでしょうか?」と感じている。
もしかすると、あなたはミニストリーを始めたり、Youtubeを始めたり、本を書きだしたり、新しい仕事を始めたり、新たな人間関係を築き始めたかもしれません。
そして自分はあてもなく漂っていて、時間を無駄にしている感じがしている。
けれども私はあなたに伝えたいです。
あなたは、その決断をした時、主の御声を正しく聞きました。
しばしば、漂っている、彷徨っているというのはプロセスの一部です。
フラストレーションを感じることも、プロセスの一部です。
主よ、次はどこですか?と荒野を彷徨い歩くのもプロセスの一部です。
神様が知っていないわけでも、あなたが正しい方向を向いていないわけでもありません。
そうではなく、しばしば、フラストレーションや停滞、そして彷徨い歩くことを通して啓示が与えられるのです。
今この動画を見ている人にとって、これが確証となることを願います。
というのも、私はこのことばを、今解き放つ、あなたに語る必要があるという促しを心に感じたからです。
もしあなたがこれを見ているなら、聖霊様があなたの心に働きかけ、今あなたが主ともにいるその状況について平安と慰めを与えてくださいます。
あなたが希望を失わないように、あきらめないように、方向を変えないように、あなたのために祈りたいと思います。
この動画からこのことだけは受け取ってください。
方向を変えずに、進み続けるのです。
停滞も、漂うこともプロセスの一部です。
そして神様はこのプロセスの中におられます。
「聖霊様、この動画を今見ておられる、私の兄弟姉妹のために祈ります。
お父様、あなたが彼らの心に語りかけてください。
この一見くだらない動画が、彼らが今いる状況にたいして慰めと確証を与えるものとなりますように。
そして彼らがあともう少しだけ信頼しつづけ、もう少しだけ希望を持ち続け、方向を変えないために必要なパズルの最後の1ピースとなりますように。
聖霊様、あなたが彼らを励まし、力づけ、この時、あなたに完全に従う勇気を彼らに与えてください。
主よ、また今、彼らの耳に語りかける敵の声を黙らしてください。
お父様。またこの停滞のゆえに、周りの人達が方向を変えるようにと言ってきているかもしれません。
主よ、彼らに、信頼しつづけ、戦いつづけ、あなたが彼らのために用意しておられることを求め続けることができるように啓示を与えてくださいますように。
イエス様、私達はあなたを愛し、あなたに全ての栄光をおささげします。イエスの御名によって、アーメン。」
忘れないでください。
私は完全な従順からこのビデオを投稿しています。
見ての通り、車の中は散らかっていて、後ろにはバイクが積んであります。
動画を撮って投稿しようとはまったく思っていませんでした。
でも、あなたがどこに今いようと、この動画をライブで観ているのか、それともこの動画を投稿してから一週間後、あるいは1年後に観ていたとしても、聖霊様があなたをこの動画を観るように導かれたのだと信じます。
「聖霊様、この言葉、このメッセージが誰に向けたものであろうと、聞くべき人達が聞くことができますように。
お父様。この動画、このことばを通して、あなたが彼らの心に働きかけ、あなたが分かち合いたいことを分かち合ってください。
イエス様、あなたの力強い御名によって祈ります。アーメン。」
皆さん。車に乗る直前に、私は、多くの人達がなにか漂っている感じで、神様に「私は一体何をしているんですか?」と尋ねているのを感じました。
そしてこうも尋ねているのが。「主よ、私達は一体何をしているのでしょうか?」
というのも、あなたは神様があなたを特定の方向に召し、そして主が示した導きに向かっていることは分かっているけれど、漂っている、彷徨っている感じがしていて、なにか間違ってしまったかもしれないと感じているからです。
「主よ、私は自分の人生で何をしているのでしょうか?
このシーズンに私は一体何をしているのでしょうか?
自分が非生産的な感じがするし、あなたが私にしなさいと言われたことを忙しくしていない、果たしていない感じがします。
でも私はあなたの御声を確かに聞いたし、あなたに召されたところで従順してきたことは分かっています。
しかし今、自分が無能で、彷徨っている、漂っている感じがします。」
この「漂っている感じがする」という言葉が何度も浮かんできます。
ちょうど昨日、とても親しい友人にあることを分かち合ったのですが、その一部を皆さんにも分かち合いたいと思います。
私達はそのことについて話し、祈りました。
この「彷徨っている、漂っているような感覚」というのは、時に、神様が私達に与えているプロセスの一部である場合があります。
待っている間も主はあなたと共におられます。
あなたは、自分が力を発揮していなくて、神様から召されたことを完全にはできてない、あるいは失敗してしまったと感じているけれど、その前の段階では従順だったことは分かっている。
そのような彷徨っているように感じる季節でも、神様はあなたと共におられます。
神様がこのプロセスには関わってはいないと感じる時もありますが、これはあなたが神様から召されたことを果たしていくために次なるステップを踏み出す過程の一部なのです。
あなたは「主よ、私は何をしているのでしょうか?私の人生で、このビジネスで一体何をしているのでしょうか?」と感じている。
もしかすると、あなたはミニストリーを始めたり、Youtubeを始めたり、本を書きだしたり、新しい仕事を始めたり、新たな人間関係を築き始めたかもしれません。
そして自分はあてもなく漂っていて、時間を無駄にしている感じがしている。
けれども私はあなたに伝えたいです。
あなたは、その決断をした時、主の御声を正しく聞きました。
しばしば、漂っている、彷徨っているというのはプロセスの一部です。
フラストレーションを感じることも、プロセスの一部です。
主よ、次はどこですか?と荒野を彷徨い歩くのもプロセスの一部です。
神様が知っていないわけでも、あなたが正しい方向を向いていないわけでもありません。
そうではなく、しばしば、フラストレーションや停滞、そして彷徨い歩くことを通して啓示が与えられるのです。
今この動画を見ている人にとって、これが確証となることを願います。
というのも、私はこのことばを、今解き放つ、あなたに語る必要があるという促しを心に感じたからです。
もしあなたがこれを見ているなら、聖霊様があなたの心に働きかけ、今あなたが主ともにいるその状況について平安と慰めを与えてくださいます。
あなたが希望を失わないように、あきらめないように、方向を変えないように、あなたのために祈りたいと思います。
この動画からこのことだけは受け取ってください。
方向を変えずに、進み続けるのです。
停滞も、漂うこともプロセスの一部です。
そして神様はこのプロセスの中におられます。
「聖霊様、この動画を今見ておられる、私の兄弟姉妹のために祈ります。
お父様、あなたが彼らの心に語りかけてください。
この一見くだらない動画が、彼らが今いる状況にたいして慰めと確証を与えるものとなりますように。
そして彼らがあともう少しだけ信頼しつづけ、もう少しだけ希望を持ち続け、方向を変えないために必要なパズルの最後の1ピースとなりますように。
聖霊様、あなたが彼らを励まし、力づけ、この時、あなたに完全に従う勇気を彼らに与えてください。
主よ、また今、彼らの耳に語りかける敵の声を黙らしてください。
お父様。またこの停滞のゆえに、周りの人達が方向を変えるようにと言ってきているかもしれません。
主よ、彼らに、信頼しつづけ、戦いつづけ、あなたが彼らのために用意しておられることを求め続けることができるように啓示を与えてくださいますように。
イエス様、私達はあなたを愛し、あなたに全ての栄光をおささげします。イエスの御名によって、アーメン。」
忘れないでください。
主はあなたを愛していて、あなたを決して見放さず、見捨てません。
そしてこの時、主はあなたを決して失望させることはありません。
主を信頼しつづけてください。主を捨てないでください。
なぜなら主はあなたを手放すつもりはないからです。
そしてこの時、主はあなたを決して失望させることはありません。
主を信頼しつづけてください。主を捨てないでください。
なぜなら主はあなたを手放すつもりはないからです。
神様の祝福がみなさんにありますように。
また次回お会いしましょう。
アルウィン・ウィス
南アフリカの農場で育つ。24歳の時に、自動車事故により下半身不随に。
南アフリカの農場で育つ。24歳の時に、自動車事故により下半身不随に。
その後、鬱、不安、自殺願望に打ち勝ち、立ち直り、キリストに再献身し、今は完全にイエス様のために生きている。
南アフリカでは初となる、車椅子でフルディスタンスのアイアンマン(総距離226km。 スイム3.8km、バイク180kmのあと、ラン42.2kmを走破する。)を完走した選手であり、南アフリカ西海岸で開催される長距離水泳競技で、世界では初めて下半身不随を持ちながらも、ロベン島からブルーバーグ・ビーチまでの約8キロを完泳した。
癒されて車椅子から立ち上がる日を信じ待ち望みつつ、国内外で福音を宣べ伝え、癒しと預言的働きをしている。
Youtubeでも定期的にメッセージを配信中。
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彼(イエス様)はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる灯心を消すこともない、
公義を勝利に導くまでは。
異邦人は彼の名に望みをかける。
マタイ12章20―21節