聖霊様に聞き従う

デイビッド・ヘルナンデス

私はちょうど、ほとんどの人がごくごく普通だなと思う、救いの招きをしたところでした。
会場にいた全員が頭をたれ、目を閉じていました。

ごくごく普通の悔い改めへの招きをした後に、私は毅然と言いました。
「誰も周りを見ないでください。今、この瞬間はあなたと神様だけの時です。」

音楽が流れ、気まずい数分間が過ぎましたが、私の真剣な救いの招きに応答する人は一人としていませんでした。
救いの招きの時間は終わりにして、次に移ってしまおうと思いました。
しかし、次に移ろうとする前に、聖霊様は優しく、別の方向へと導いてくださいました。

私の霊で、会衆が御霊によって祈る、つまり異言で祈ることを聖霊様が願われているのを感じました。

聖霊様の導きに従って、私は会衆に異言で祈るようにと言いました。
彼らは両手を挙げて、異言で祈り始めました。

数分後、皆が異言で祈っている最中に、否定的な思いに襲われました。それは敵からの厄介な嘘でした。

最初に、私の思考を攻撃してきた思いはこれでした。
「これは未信者を怖がらせるだけだ!未信者の前で異言で祈るべきではない!」

これが敵から直接きたものなのか、それとも以前聞いた間違った神学者によるものなのかは分かりませんが、私の中には混乱がありました。
しかし、聖書は異言の賜物についてこのように語っています。

「それで、異言は信者のためのしるしではなく、不信者のためのしるしです。けれど、預言は不信者でなく、信者のためのしるしです。」(Ⅰコリント14章22節)

私は心配に打ち勝ち、さらに人々を励ましました。
「御霊によって祈り続けてください。」
これが、私なりの内面の葛藤を押し返す方法です。

次に私を襲ってきた思いはこれでした。
「信者は一斉に異言で祈るべきではない!!無秩序だ!」

しかし聖書はこう言っています。

「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」(使徒2章4節)

私達は異言で祈り続けました。

2分が過ぎ、私達は以前として、全員、異言で祈っていました。
悪魔は、神様がなさろうとされていることに今だ抵抗し続けていて、最後の偽りを投げつけてきました。

「これは奇妙だ。こんな奇妙な事をしといて、どうやって人々の心に触れようとする気だ?」

ちょうどその時、私と同い年位の男性が通路を歩いて、私が立っていた講壇の方へとやって来ました。
彼は見るからに震えていました。
涙を流し、口を震わせて祈りながら、講壇に向かって歩いて来ると、崩れ落ちて膝をつき、泣き出しました。

私は会衆を静め、ステージから降りて彼に話しかけました。

「ちょっと私の方を見てください。あなたと話したいんです。」

私の顔を見上げた時も、彼の目には涙が溢れていて、泣いていたので顔は真っ赤でした。


私は彼に尋ねました。「どうして泣いていたんですか?」

マイクを彼に向けて、答えを待ちました。

彼の答えは私の心に響きました。

「僕は本当に長いこと、神様を見つけようとしていたからです。でも、今晩、神様が僕を見つけてくれました。」

教会は歓声を上げ、主を礼拝し始めました。
そしてその場で、私達全員が見ている前で、彼はイエス様に心を明け渡し、生まれ変わったのです。


人間の努力によっては成し遂げられなかったことが、聖霊様の働きによって成し遂げられました。
これは数年前の出来事ですが、あの集会で学んだ教訓は、私の信仰とミニストリーの土台の一部になっています。


親愛なる読者の皆さん。
私はあの時、ミニストリーを始めてから2,3年経っていて、一種の手順通りの伝道方法に慣れきってしまっていました。
感謝なことに、私には聖霊様との友情があり、聖霊様はもっと効果的なミニストリーの流れを受け入れるようにと導いてくださいました。

「そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。」(Ⅰコリント2:4)


私は異言の祈りを信じていますが、この記事は異言の祈りについてではありません。
私は、聖霊様は天の最も偉大な伝道者であると信じています。(私が体験したことがその実例です。)
しかし、この記事は、聖霊様の伝道の恵みだけを取り上げているのではありません。
この記事は、私達の能力ではなく、聖霊様の能力を頼みとすることを選ぶことについてのものです。


私が、「私達は決して、組織やプログラムにより頼むべきではありません」と書くなら、親愛なる読者の皆さんは、その真理を激しく肯定されるはずです。


しかしミニストリーや霊的生活は、私達にとって慣れ親しんだものとなっていき、いつの間にか、私達は人間的努力という場所に入ってしまっていることがあり得るのです。
事実、ミニストリーや霊的生活のために人間的な努力に頼ってしまっている人達は、ほぼ全員、自分でも知らずにそうしてしまっているのです。


何しろ、誰が「私は、聖霊様の方法ではなく、自分の方法でやってみようと思う」と本当に決心するでしょうか?


大方のクリスチャン達はあからさまに、聖霊様の働きを拒絶したり、妨害したりはしないはずです。
ですから、誰かが聖霊様により頼むを止めてしまっているとするなら、いつの間にか、自分でも気がつかないうちにそうしてしまっているのです。


それどころか、さらに踏み込んで言いますが、聖霊様のミニストリーの方法から離れてしまっていると指摘されたら、大半のクリスチャン達は気分を害するはずです。
しかし実際は多くの人達が遠ざかってしまっているのです。
私達の誰一人として、自分から進んでそうする人はいません。
ですから、私達は自分自身に問いかける必要があります。

「聖霊様ではなく、自分の努力により頼むようになっていないだろうか?」


あの集会で、私は、敵の非常に微妙な指摘、それかもしかすると私自身の肉と戦っていました。
しかし、自分の経験を積んできた話しぶりと、費やした努力、これら全てをもってしても、失われた人々がキリストの足元でへりくだって悔い改め、降伏せずにはいられない気持ちにするような方法でキリストを示すことはできませんでした。


私は、「伝道者」という肩書を着けていたかもしれません。
さらには、その時点での自分のミニストリーの中で、数百人をキリストに導いていたかもしれません。

でもそれがどうしたというのでしょうか?そんなのは重要ではありませんでした。

重要なのは、私が聖霊様の導きに委ねることだったのです。

常に重要な事は、聖霊様の穏やかな導きの声に従うことです。
結局のところ、聖霊様は天の最も偉大な伝道者です。
聖霊様のように、キリストというお方の栄光を示すことができる人はいません。
聖霊様のように、一人の魂に罪を悟らせることができる人はいません。
ミニストリーに関して、聖霊様は熟練されたお方です。


聖霊様は、最も偉大な伝道者なだけではなく、最も偉大な牧師、教師、預言者、使徒です。
聖霊様の能力が必要であることを自覚し、聖霊様の助けによって、私達がミニストリーを行っていくなら、深く、そして力強い恵みが私達の上に降り注ぎます。
御霊に導かれたミニストリーには、ある種のユニークな原動力があります。
ですから私達は、先人達のアプローチではなく、聖霊様のその時々に関連したユニークで、敏感な導きに倣って、ミニストリーをしていくべきなのです。


聖霊様なしでは、私達は、システムや戦略を頼りにするようになります。
昨日のリバイバルは、いとも容易く、今日の宗教になりえるのです。
人間は、何でも組織化してしまいます。


しかし聖霊様の本物の力と臨在に代わるものはありません。
聖霊様の職人技を再現することはできないのです。
私達は聖霊様のタイミングを、私達の教会のカレンダーやスケジュールに限定するのを止める必要があります。


聖霊様の力を、後ろの部屋と「特別集会」に閉じ込めるのを止めなければなりません。


方法は奇跡の代わりにはなりません。
プログラムは力の代わりになることはできません。
組織は聖霊様の代わりになることはできないのです。
油注ぎを追求することよりも、出席率を追求することが重要になってはなりません。


実のところこの世は、ほとんどの教会が捨て去ってしまったものを渇望しているのです。
人々は超自然的なものを求めています。そして聖霊様だけがそれを教会に与えることができるのです。


聖霊様は最も偉大な教会建築者です。
聖霊様よりも上手に、魂を勝ち取り、教会を建て上げ、神の御国を拡大していくことができる人は誰もいません。
私達が聖霊様の導きを受け入れ、聖霊様の専門知識に謙虚に従い、聖霊様の導きを求めていくなら、私達はより良く神の御国を拡大していくことができるのです。


人々を救いに導く時に、聖霊様だけが私達の唯一の希望です。
弟子達を築き上げていく上で、聖霊様だけが私達の唯一の希望なのです。


イエス様を正確に示す時に、聖霊様だけが私達の唯一の希望です。


実践的である。その通りです。
リーダー達から知恵を得る。その通りです。
秩序をもってまとめる。その通りです。
しかし、決してそれらのものを、神の御霊ができることよりも優先しないでください。


クリスチャン達を築き上げていきたいですか?
地球上で最も偉大な牧会の油注ぎに従ってください。つまり聖霊様にです。

群衆を引き寄せたいですか?
奇跡を起こすことができるお方、聖霊様に従ってください。

教会を築き上げたいですか?
模範となる教会である、初代教会を築いたお方に相談してください。
聖霊様に相談してください。

魂を勝ち取りたいですか?
天の最も偉大な伝道者であられる聖霊様の恵みを受けてください。


デイビッド・ヘルナンデス
Carriers of the Gloryの著者。
伝道者、癒しの働き人、作家、テレビ番組、Encounter TVの司会者。
彼のミニストリーには、聖霊様の顕著な臨在と奇跡、癒し、救いが伴う。


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☆○☆○☆○☆○☆○☆○☆○☆○☆○☆○

あなたは、イエス様を信じ救われていますか?
イエス様を信じることは難しいことではありません!
今日、イエス様を信じてください。


イエス様は私達を決して見捨てることはありません。
私達が心から祈り求める時、答えてくださるお方であり、すべての必要を満たしてくださいます。

またイエス様を信じたいけど、なかなか信じられない方は、『イエス様、あなたが神様であるなら私に示してください。』と心から祈ってみてください。


「この方(キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1章12節)


「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)



「天を創造した方、すなわち神、地を形造り、これを仕上げた方、すなわちこれを堅く立てた方、これを茫漠としたものに創造せず、人の住みかにこれを形造った方、まことに、この主がこう仰せられる。
『わたしが主である。ほかにはいない。…地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。』」(イザヤ45章18、22節)


「わたし(イエス・キリスト)が道であり、真理であり、いのちです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:16)