聖書では、神様は癒し主であると書いてある。
けど祈っても祈っても、状況が変わらないと、落胆して祈る気力がなくなったり、心が麻痺してしまったり、心の中が苦々しさで一杯になったり、神様にたいしても苦々しさを抱いてしまうことがある。
でも、昨日癒されなかったから、また今日癒されなかったから、今まで癒されなかったからといって、神様が癒し主ではないわけではない。
今まで長年祈ってきたけど癒されなかったからといって、これからも癒されないわけではない。
なぜなら聖書には、ハッキリと「わたしは主、あなたを癒すものである」(出エジプト記15章26節)と書いてある。
私達は、目に見える状況に左右されやすいけれど、神のみことばは絶対に変わらないし、状況によってコロコロ変わるものではない。
思うんです。状況に流されて、信じない方が楽だけれど、そうやって状況を神とはしたくないって。
神様を神様としたいなって。
神様のみことばは成る。神様のみことばは決して変わらない。
もし神様にたいして苦々しさを抱いているなら、神様を赦し、悔い改め、苦々しさを手放して、もう一度神様のみことばを握って、もう一度祈りつづけましょう。
神様の御心はあなたの霊も魂も体も全てが癒され、解放され、祝福されること。
神様の御心はあなたの霊も魂も体も全てが癒され、解放され、祝福されること。
神様は良いお父さんで、あなたのことが本当に大好きで、あなたを本当に本当に愛している。
「まことに、主であるわたしは変わることがない。」マラキ3章6節
「愛する者よ、あなたがたましいに幸いを得ているように、すべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」(Ⅲヨハネ2節)
「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。
彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ53章4-5節)
「イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。
これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。
「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」(マタイ8章16-17節)
「すると、ひとりのらい病人がみもとに来て、ひれ伏して言った。
『主よ。お心一つで、私をきよめることがおできになります。』
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、『わたしの心だ。きよくなれ。』と言われた。
すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。」(マタイ8章2,3節)
「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。」(ヤコブ1章17節)
「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。
彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。
彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ53章4-5節)
「イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。
これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。
「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」(マタイ8章16-17節)
「すると、ひとりのらい病人がみもとに来て、ひれ伏して言った。
『主よ。お心一つで、私をきよめることがおできになります。』
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、『わたしの心だ。きよくなれ。』と言われた。
すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。」(マタイ8章2,3節)
「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。」(ヤコブ1章17節)
「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。-主の御告げ-
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
雨や雪が天から降ってももとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。
そのように、わたしの口から出ることばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。
まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。
山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」(イザヤ55章8-13節)
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
雨や雪が天から降ってももとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。
そのように、わたしの口から出ることばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。
まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。
山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」(イザヤ55章8-13節)