恐れてもおかしくない状況の時に恐れず、勇敢でいる秘訣

カイル・ウィンクラ


私は右手に、長年自分を奮い立たせてくれているみことばが刻まれた指輪を着けています。
それはヨシュア1章9節のみことばです。
「強くあれ。雄々しくあれ。」

この箇所は続いてこう語っています。
「恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」


その前の文脈で、神様は約束の地に入っていくようにヨシュアに指示しています。
その時まで、モーセが神の民を導いてきた地に。

しかしモーセが亡くなった今、泣き言を言うわがままな民を、それも報告によれば巨人達が住んでいる見知らぬ土地へと導いていく任務がヨシュアに課せられたのです。
この約束を実現する上で多くの障害が立ちはだかっていました。
その中には洪水になりそうなほど水かさが増しているヨルダン川を渡ることも含まれていたのです。
間違いなくヨシュアの心には多くの恐れがありました。


ヨシュアの勇気の源

そうです。
私達の聖書のヒーロ、ヨシュアには恐れを跳ね返す力がありませんでした。
だからこそ、神様は語らなければならなかったのです。

しかも一度だけではなく、3回も神様はヨシュアに「強くあれ。雄々しくあれ」と命じられました。


でも全ての事が彼にとって不利な状況であり、恐れてもおかしない現実、理由が十分にあるのに、一体どのようにしてヨシュアは恐れない「状態でいる」ことができたのでしょうか?

答えは「~という状態でいる」という言葉です。


著書「Activating the Power of God's Word」で詳しく探っているように、「~という状態でいる」は気分や感情に基づいたものではありません。
これは、「位置、あるいは~の立場を占める」を意味する言葉です。

つまり、神様はヨシュアに、恐れないという位置に着き、前進したくなかったとしても、ただ前進していくようにと命じられたのです。


そしてご自分の民をエジプト人の手から救い出し、歩くことができるように紅海を分け、天から食べ物を備えてくださった同じ神様が、今もなお自分達と共にいて下っている事を思い起こす事によって、ヨシュアはそうする事ができたのです。


あなたの勇気の源

今日、恐れてもおかしくない理由が沢山あることは分かっています。
そして、時にそのことによってプレッシャーを感じてしまうことがあってもいいんです。

神様があなたに求めているのは、神様がヨシュアに求められたことです:
約束から目を離さず、現実や理由が自分を無力にすることを許さず、そして過去に困難を切り抜けさせてくださった同じ神様が、今また困難を切り抜けさせるために共にいてくださる事を知って前進していくのです。


奮い立ってください。
神様はこれからも備えてくださいます。神様はこれからも守ってくださいます。
神様は、再びその山を動かしてくださいます。


Kyle Winklerは、人気のアプリShut,Up,Devilの開発者であり、『Silence Satan』と『Activating the Power of God's Word:16 Strategic Declarations to Transform Your Life』の著者。
Regent Universityにて神学修士を修得。


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このブログを読んでくださった方の中で、まだイエス様を信じておられない方へ。

今日、イエス様を信じてください。イエス様だけに、本当の救い、希望、永遠のいのちがあります。
明日とか、いつか、と先延ばしにしないでください。
命が与えらえている今日、この時にイエス様を信じてください。

イエス様は私達を決して見捨てることはありません。
私達が心から祈り求める時、答えてくださるお方であり、またすべての必要を満たしてくださいます。

「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」
(Ⅱコリント6章2節)


「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』」(ヨハネ11章25節)


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16章31節)


「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。『彼(イエス・キリスト)に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ10章9-11節)

「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2章8−9節)

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世(この世界に住む私達人間、ひとりひとり)を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)