うちの教会も今週から、インターネット礼拝になり、日曜日は自宅でネット礼拝し、昨日はリビングウォーターチャーチのリー先生のメッセージを聞いたのですが、そのメッセージの最後でハッとさせられたある証がありましたので、シェアします。



「昔、アメリカの中西部地域で干ばつがあまりにもひどく、危機に直面しました。

というのも、そこの地域の人達の生活は農業によって成り立っていたからです。
そこで村人達が相談して、雨を求めて断食して切に祈ることにしました。

その当日、5歳の女の子が傘を持って、お父さんと一緒に教会に来ました。

それを見た、周りの大人達は言いました。
『○○ちゃん。雨も降ってないし、雲一つないのに、何で傘なんて持ってきたの?』

するとこの女の子は、『今日は、雨を求めて祈るから、家に帰る時に大雨になったら服が濡れるから持ってきたの。』

それを聞いた人々に突然、悔い改めの霊が臨んできました。

大人達は、雨を求めて、祈るつもりで教会に集まって来たのに、誰も!誰も雨が降る事を期待していなかったからです。

祈るつもりだった。断食も今している。でも期待していなかった。

それでこの女の子を見て恥ずかしくなったのです。
人々は泣きながら自分達の不信仰を悔い改め始めました。
『雨どころか、不信仰を赦してください。』

そう祈っているとだんだん、主の霊が臨んできました。
皆が悔い改め、大泣きし、叫び声を上げ、そして切に、切に雨を求めていました。

すると一人一人に段々、確信が湧いてきたのです。そして4時頃になると、西から急に風が吹いて、雲がワーときて、そして午後5時頃には土砂降りになり、3日間も続きました。

この遅い雨のおかげで、この村は、その年に今までになかった大豊作になったのです。



今回のコロナウィルスの終息のためにも私達がどのような心をもって祈るべきか、本当に考えさせれられます。
本当に、この霊的戦い、コロナウィルスが無くなるために神様に祈れるのはクリスチャンしかいないんです。
私達しかいないんです。

この世の人達は神様の事を知りませんから、祈れないんです。
だから一日でも早くこれがなくなるか、そうでないかは、私達の祈りにかかっていると、私は確信しています。


だから皆さん、こういう寂しい礼拝ではなく、本当に共にいっぱい集まって主を賛美し、また主に栄光を帰す、その日を私達は夢見て共に心から祈っていきましょう。」


「イエスは答えて言われた。『神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。だから、あなたがたに言うのです。
祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。
また立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいす。』」(マルコ11章22-25節)


今週も皆さんと皆さんのご家族がイエス様の血潮によって完全に守られることを宣言します!

また、このブログを読んでくださった方の中で、まだイエス様を信じておられない方へ。

今日、イエス様を信じてください。イエス様だけに、本当の救い、希望、永遠のいのちがあります。
明日とか、いつか、と先延ばしにしないでください。
命が与えらえている今日、この時にイエス様を信じてください。


「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」
(Ⅱコリント6章2節)


「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。』」(ヨハネ11章25節)


「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒16章31節)


「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。『彼(イエス・キリスト)に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ10章9-11節)

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世(この世界に住む私達人間、ひとりひとり)を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)