気分が落ち込んでいる時に神様を賛美する事
R.T・ケンドル
「ですから、私たちはキリストを通して、賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえるくちびるの果実を、神に絶えずささげようではありませんか。」ヘブル13章15節
私が悲しんでいる時に神様を賛美する、それは神様の心を喜ばすことなのです。
それは、私が神のみことばを信頼していること、そして私の心が喜ぶ事を主がしてくださらなくても変わらず主を愛していることを表しています。
そしてそれは、ただ主を信じるという祝福の機会なのです!
それはまた、「賛美のいけにえ」(ヘブル13章15節)とも呼ばれています。
私達は自分の感情や楽しみ、時間を、神様を賛美するためだけに犠牲にするのです。
賛美する気になれない時、最悪の状態にある時にこそ、私達は賛美のいけにえを捧げています。
事実、意気消沈していればいる程、賛美のいけにえを神様に捧げる機会が増すのです。
ヘブル人への手紙は、いけにえについて多くを語っています。
そしてその大部分は動物のいけにえについて触れています。
その理由は、旧約の動物のいけにえは究極の犠牲-神がご自身のひとり子を十字架で死ぬために与えた事(ヨハネ3章16節)を指し示しているからです。
しかし時に、いけにえという言葉は、私達が差し出すものに関して使われています。
いけにえの元々の意味は、神様の正義からくる怒りをなだめるための動物の屠殺ですが、もっと重要な事のために何かを差し出すという意味もあるのです。
そのような訳でパウロは言いました。
「そういうわけですから、兄弟たち。
私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。
あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。これこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」(ローマ12章1節)
ダビデはこう言いました。
「私はあなたに感謝のいけにえをささげ、主の御名を呼び求めます。」(詩篇116篇17節)
私達が時間を取って、神様を賛美する時、私達は時間を捧げているのです。
私達は皆、しなければいけないありとあらゆる事を思うことができます。
同じ時間を神様を賛美するために費やすより、テレビに費やする方が楽なのです。
30分間神様を賛美する事は、私達の時間と楽しみと、基本的な願望、そしてもしかすると『私達の気性』といういけにえなのです。
『けれども、あなたは聖であられ、イスラエルの賛美を住まいとしておられます。』
詩篇22篇3節
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