私達を裁き、呪い、批判してくる人達を祝福すべき5つの理由
マイケル・ブラウン
罪の中で失われ、無知の中を歩んでいた私達を神様はどのように扱われたでしょうか?
主は私達を永遠の地獄に落としたでしょうか?永遠の裁きを受けろ!と私達を呪ったのでしょうか?
いいえ。
主は、私達のために御子を遣わして、私達が御怒りを受けるべき者だった時に憐みを示して下さいました。
(永遠の裁き、永遠の地獄がないと言っているのではありません。
イエス様を信じることによってのみ、永遠の地獄、永遠の裁きから私達は救われます。)
これこそ、さ迷っている人達や救われてない人達、そして敵対してくる人達に対応する時に、私達が倣うべきパターンです。
そうでなければ、私達は憎しみと怒りという負のサイクルを繰り返すだけなのです。
何年も前に、私が書いたある記事を読んだ、「h.b.さん」がこうコメントしてきました。
「ブラウンが語っていることは嘘だ。5歳児のIQしかない。自分は同性愛の博士号を持っている。」
同じ日に、私の同僚であり友人マット・バーバーが「絶対読むべき」と書いてその記事をリツイートしたところ、h.b.さんはマットと私にたいしてそれはまあ凄いツイートをしてきました。
「5歳児のIQしかない○○ったれ達。
脳腫瘍になって、地球上からいなくなるべきいまいましい○○頭」(○○の所は、実際には省略せずに書かれてありました)
呪いのような感じがします!
私はこうツイートしました。
「神様の真理と恵みがあなたにありますように!
それと、同性愛の博士号を持っていると投稿していましたが、どこで修得されたんですか?」
h.b.さんのTwitterページをクリックしてみたところ、他のクリスチャンリーダー達を猛烈に攻撃している似たようなコメントが(脳腫瘍の部分は別としてですが)目に飛び込んできました。
時には、全然挑戦的ではないシンプルな福音のメッセージにも猛烈に反応していたのです。
それを読んだ時、私はh.b.さんに同情しました。
私にも怒りと汚れで一杯で、神様を罵っていた時がありました。
そのような私をこてんぱんに裁くのではなく、罪を悟らせる愛をもって神様は追い求めてくださったのです。
パウロがローマ人達に書いているとおりです。
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。」(ローマ5章6節)
イエス様は私達に模範を示してくださったのです!
私達を裁き、呪い、批判してくる人達を祝福すべき5つの理由
1.これこそ、私達の天のお父様に倣った、革命家イエス様の方法だから
山上の垂訓は反体制的な御国宣言です。
その中でイエス様は私達にこの世や宗教組織に従って生きるのではなく、違う原則に従って生きるようにと呼びかけられています。
そしてその山上の垂訓の中で、イエス様は明確な戒めを与えました。
「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5章43-44節)
そうする時、私達は「悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる」(マタイ5章45節)神様ご自身をまねしているのです。
これは、私達の天の父が完全なように「完全でありなさい」(マタイ5章48節)という私達の召しの一部です。
2.神様は無知と不信仰の中を歩んでいる者達にたいして途方もない忍耐を示されているから
10数年前に、ある無神論者が「冒涜チャレンジ」と称して、聖霊様の存在を否定したり、冒涜する言葉をカメラの前で言い、その録画した短い動画をYou Tubeにアップするよう呼びかけ、それに応答した約1000人とネットを沸かせました。
その動画を観て、私はこう思いました。
「今からそう遠くない将来、彼らの多くが見事に救われて、ネットで証し、神様の憐れみに感謝するようになる」と。
パウロがⅠテモテ1章でこう説明している通りです。
「私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。
それでも、信じていないときに知らないでしたことなので、あわれみを受けたのです。・・・そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。」(Ⅰテモテ1章13節、16節)
3.私達が祝福するなら、祝福が私達に戻って来るから
本当に多くの点で、私達は蒔いたものを刈り取ります。
それが、ペテロが読者達にこのような勧めを与えた理由の一つなのです。
「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。
あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」(Ⅰペテロ3章9節)
あなたはどちらを受け継ぎたいですか?
祝福ですか?それとも呪いでしょうか?
私達は、自分が受け継ぎたいものを、他の人達に語る必要があるのです。
4.恵みと忍耐の言葉は、怒りやイライラした言葉よりも多くの実を結ぶ
確かに、人を正したり、さらには叱るべき時はあります。
しかし、そのような時、「柔らかな答えは憤りを静める。しかし激しいことばは怒りを引き起こす」(箴言15章1節)ということばを心に留めつつ、私達は愛と(エペソ4章15節)忍耐(Ⅱテモテ2章24-26節)をもって行う必要があります。
数ヵ月前に、私は、人間は他の人の人生で起こっている事を本当には知らない事を気づかされました。
私は、キリスト教の様々なウェブサイトで絶えず中絶を擁護する発言をしてきたある女性の考え方に疑問を投げかけました。
最後にやりとりした数日後、彼女は私のFacebookページにこのように投稿してきました。
「赤ちゃんを殺すことや、あなたの記事についてまともではないコメントを書いてしまったことを謝罪したいと思います。
私は、自分の人生から神様とその原則を締め出して生きてこようとしていました。
自分の人生で一番幸せだった時について考えたんです。
それは、教会に通って、神様のために生きていた時でした。どうか私のために祈ってください。感謝します。」
神様の元に戻ってきたいと思っている、傷ついた女性がいたのです。
しかし、それこそが彼女の中絶賛成の火を燃え上がらせていたものだとは私は全く知らなかったのです。
残念な事に、私はあまりにも頻繁に、よく考えてからではなく、すぐに人々に答えてしまい、それゆえにその人達が自らの間違いに気がつくことができるように助けるのではなく、ますます硬化させてしまう、という過ちを犯してきました。
5.裁き、呪い、批判してくる人達を祝福する時、私達は怒りと憎しみのサイクルを断ち切る
これは、箴言25章21-22節を引用したローマの信者にたいするパウロの助言です。
「もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。
渇いたなら、飲ませなさい。
そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」(ローマ12章20-21節)
肉の醜い、破滅的なサイクルを断ち切り、自分を十字架につけた者達を赦した私達の主の足跡に従いましょう。
それは命と祝福の道です。私達にとってだけではなく、私達に反対してくる人達にとってもなのです。
マイケル・ブラウン博士
メシアニックジュー。ラジオ司会者。30冊以上の著書を持つ。
1976年に同じくメシアニックジューである、ナンシー夫人と結婚。2人の娘と4人の孫がいる。
Reprinted with permission from Charisma.
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「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」イザヤ43:4
