Ⅰペテロ1章22節
「真理に従う事とは…」
レイ・ベントレー
Ⅰペテロ1章22節で、私達はこのように語られています。
「あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く(深く)愛し合いなさい。」
クリスチャンとして、私達は「自分は愛情深い人だ」と思いたがります。
私達は良い行いをし、寛大な思いを持とうとします。特にこの時期(クリスマス)は。
けれども、Ⅰペテロで定められたこの基準に沿って生きることになると、言うは易く行うは難し、ではないでしょうか。
微笑んで、救世軍の社会鍋にお金を入れる時でさえ、(もし私達が正直であるなら)私達をただイライラさせたり、傷つけたり、あるいは私達の生活を不快にしてくる人達がいることを私達は知っているのです。
できることなら、一切関わらないでおきたい人達が。
しかし、
-今日のこのみ言葉を読んだなら、もう何を言わんとしているか分かったと思います- 神様と関係を持つことを私達が願うなら、それは不可能なのです。
私達が人となられた神様(イエス様)を礼拝する時、私達は互いに愛し合うことができるほどまでにへりくだる事を学んでいきます。
私達の霊的生活の質は、私達の人間関係の質と等しいのです。
私達の人々との関わり方は、私達がもつ神様との関係(つながり)を現わしています。
神様は愛です。
そして、その神様を知るという旅路において、神様が私達の人生に置かれた人々を避けてとおることはできません。
人々と関わる事を学んでいくことも、新生して神の御国に入れられた者達として大切な要素なのです。
ペテロは、「真理に従うこと」を、規則や決まり、教会の儀式ではなく、「互いに心から熱く(深く)愛し合うこと」と関連づけています。
「あなたは道徳的に健全な生活をしているかもしれない。
そしてあなたは教会に通う良いクリスチャンで、正しい神学を全てもっているかもしれない。
しかしその結果が、純粋な愛で満ち溢れた汚れなき、自由な良心ではないなら、何かが間違っているのだ。」-マイク・メーソン
私は毎週、福音を語っています。
病気の人のために祈り、結婚式や知っている人達の葬式を執り行ってきました。
時に、私は難しい人達と出会います。
そのような時こそ、「私を聖霊様で満たしてください」、「自分の偏見や問題に打ち勝ち、主の目で人々を見ることができるように助けてください!」と私は神様に求める必要があるのです。
愛することができる程までにへりくだる必要があるのです。
私はペテロのことばを思います。「真理の中で生きる事は偽りのない真実な愛をもたらす」
私は自分の心に希望がある事を知っています。神様がこの地上に来て、ご自身の愛を私達に現わすことを選んでくださったからです。
神様の愛の井戸から私達は神様の愛を受け、今度はその愛を溢れ流していこうではありませんか。
レイ・ベントリー
牧師。作家。
1984年8月に創設したマラナタチャペルは、今では毎週7000人に仕えている。
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