主が「待ちなさい」と言われる5つの理由



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チャック・ロウレス



正直言うと、今日誰のためにこの記事を書いているのか分かりません。けれど、このメッセージを聞く必要のある方がおられるのだと思います。


何について書こうかと祈りつつ考えているのですが、この1つの事がずっと頭に思い浮かんでいます。


それは、「神様を待ち望む」ことです。
神様に対して激しく苛立ちをつのらせているクリスチャン達のことを思い起こされて、私の中にある牧者と牧師としての心が甦って来ました。

今日、この事に関して、互いに祈り合ってください。


「神様にこの焦りを取ってもらう必要がある」と気づかせてくれる、いくつかの聖書箇所を最初に見て行きましょう。


・「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」イザヤ40:31


・「待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。」(詩篇27:14)


・「私は主を待ち望みます。私のたましいは、待ち望みます。私は主のみことばを待ち望みます。私のたましいは、夜回りが夜明けを待つのにまさり、まことに、夜回りが夜明けを待つのにまさって、主を待ちます。」(詩篇130:5-6)


・「しかし、私は主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む。私の神は私の願いを聞いてくださる。」(ミカ7:7)



これらのみ言葉を読むと、待つことは非常に容易に思えます。
私達は単純に、神様が応答してくださる日を待ち望み、そしてその間主を見据え続けるのです。


それではなぜ、神様は私達に「待つ」ようにと求められるのでしょうか?



1.待つことによって、神様が支配者であることに私達は気がつく


私達はカレンダーや時間の支配者ではありません。全てのものをコントロールしているのは私達ではありません。それは神様だけがなさることです。その真理を思い出させるために、主は私達に「待ちなさい」と言われるのです。



2.待つことによって、私達は信仰を学ぶ


信仰とはまだ見ていないものの保証であり、まだ起こっていない事を確信させるものです(ヘブル11:1参照)。
つまり、私達の願いと神様の答えには時間的な隔たりがあるようです。
もし私達が祈り求めた事が即座に答えられるなら、信仰は必要ではありません。



3.待つことによって、私達は感謝する者となる


私達が何かを祈り求めて、神様が「待ちなさい」と言われるなら、やがて神様がその祈り求めたものを与えてくださる時、私達の感謝は増し加わるのです。
奇妙なことに、待っている間に私達は、仮に神様が自分の祈りにNoと言われたとしても、感謝することができるようになっているのです。



4.待つことによって、私達の心の中に隠れている偶像が露わになる


私達が神様を待ち望むことができない理由、それはおそらく私達にとって、自分の願いの方が神様の全体的な計画より重要なものになっているからです。

自分の計画が完璧であると思うあまり、「神様、あなたが今すぐ答えてくださらないと困るんです!」という気持ちで一杯になってしまうのです。



5.待つことによって、神様が将来、私達のために用意してくださっている事のために私達は整えられる


神様の計画がなんであれ、大抵、待たせることによって神様は「あなたは、あなたが願っているものを受け取る準備ができてないよ。」と言っているのです。

主は私達の心を知っておられるお方です。そして主のみが、私達の願いを叶える前に、まず私達の心を整える必要があり、いつ私達の心に働きかければいいのかを明確に知っておられるのです。
その間、主を信頼し続けること、それが神様が私達に望んでおられる事です。



今日、神様があなたに忍耐と希望を与えてくださるようにとお祈りしています。



チャック・ロウレス

Southeastern Seminaryのミニストリーセンターと大学院の副学長兼学部長。
「伝道と宣教」の教授も務めている。


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