うーん、やっぱりイエス様の教えは半端ないショック

神の正しい裁きにゆだねる


(Unsplash/Marco Jimenez)

マーク・ドリスコル


「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、悪意をもって利用してくる者と迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:44)


自分の敵を愛することは昔も、そして今も多くの点で不面目な事です。
なぜでしょうか?
それは私達の正義感が、敵を愛するなんて危険であり、不当であり、役に立たないと私達に語ってくるからです。
敵を愛するなんて理にかないません。
私達の普通の考え方では、愛するためには少なくとも、双方の間にある種の成熟さがあるべきなのです。
私達に害を与えたいと思っている人のことをどうやって愛するというのでしょうか?


自分の敵を愛しなさいという命令は、マタイ5章から始まるイエス様の山上の垂訓から来たものです。
前の節でイエス様は、繰り返しこう言われています。「―と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかしわたしはあなたがたに言います。―」
43節でイエス様は言われています。「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。」
続いて44節で、こう語っています。「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、悪意をもって利用してくる者と迫害する者のために祈りなさい。」


イエス様はここで、自分の敵にたいして「憎しみ」を持つことの正当性に関して当時一般的に言われていたことを引用していたようです。
もしかしたら、現代の有名なバンパーステッカーや宣伝文句と似ていて、当時流行っていた表現なのかもしれません。


「敵を愛しなさい」という考えは、レビ記19:18から来ています。
そこにはこのように書いてあります。
「復讐してはならない。あなたの国の人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。」
ここでは憎むといったとは一切でてきません。加えて、もしこの節に敵を憎むという意味が含まれていると思われたなら、イエス様は後にマタイ22:39で最も大切な戒めの1つとして引用しなかったはずです。


では一体どこから「神様は私達が敵を憎み、敵に復讐することを望んでおられる」という考えが来たのでしょうか?
旧約で神様が、ご自身を拒絶する者達を正しく裁くことができる正義の神様であるのをはっきりと見ることができます。
また、アナニヤとサッピラが聖霊様に嘘をついた時に神様が彼らの命を取られたように(使徒5:1-11)、新約の中でもそれを見ることができます。


しかしこれらはいつも神様がなされることです。
神様の正義を実行するために人々や団体が用いられるかもしれませんが、彼らは自分達で勝手に対処することは許されてはいませんし、誰かのことを「憎みなさい」とは一言も命じられていません。
復讐は神様だけのものです。
神様だけが全ての人を、そして全てのことを適切に取り扱うことができます。


それでもなお、ある人達にとっては、とりわけ怒りや憎しみに行くのが人間の生まれ持った自然の性質なので、私達が敵を憎むことを神様は望んでおられると推測することの方が簡単なのです。
イエス様の時代、隣人を愛しなさいという命令に神様が承認されてないつけ加えがあったのかもしれません。
あるユダヤ教のグループはそのように解釈していたという証言があります。
人間の心が「隣人を愛さなければならないということは、敵は憎むべきなんだ。」と言っているのを想像するのは難しくありません。
これは典型的な人間の考えです。


しかしイエス様は、堕落した人間の考えには興味がないのです。
イエス様は、私達を御国の子どもたちとして、もしくは次の節で言われているように「天におられるあなたがたの父の子どもたち」(マタイ5:45)として生きるようにと召すことに関心をもっておられるのです。


人間関係において対立が起こった時、あなたは主にこの世の様式である憎しみに基づいて行動していますか?それとも御国の様式である愛に基づいてでしょうか?


マーク・ドリスコル
イエス様に従い、宣教を導き、教会に仕え、人々を愛し、聖書を語る牧師であり、数多くの本の著者。

現在、アリゾナ州にあるThe Trinity Churchを家族と共に牧会している。

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さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気づかないのですか。
マタイ7:1-3


ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称讃が届くのです。
Ⅰコロサイ4:4


あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。
愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。
ローマ12:18-21


主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。
Ⅱペテロ3:9


あなたは隣人と争っても、他人の秘密を漏らしてはならない。そうでないと、聞く者があなたを侮辱し、あなたの評判は取り返しのつかないほど悪くなる。
箴言25:9-10

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