正しい選択をしたいけれど、頭が混乱しすぎてどうすればいいか分からない時に
カレン・ジェンセン・サリスバリ
頭の中で、様々な思いが駆け巡って、合理的な決断をすることはおろか、その事に関する神様の声や導きを得ることなどまったくできないということを体験したことはありますか?私はあります!
私の頭の中では、こんな会話がなされているんです。「もし私があれをこんな風にしたら、次にあれが起こる。いや、もしかしたら、あれをすることなどできないかもしれない。でも、もしあっちを選べば、こうなるかもしれない。そうでなければ、おばかに見えるかもしれない。あっ、でも、これをしなければ、あれが起こるという確かな保障がないだろうし。・・・etc。」
何となく意味がつかめたでしょうか?正しい決断をする前に、50の事をする必要があるけれど、どこから手をつけたらいいか分からないという感じですね。
このような事を繰り返して来て、学んだことがあります。それは、色々と考えすぎて頭が混乱してきたら、ただ考えるのをやめる時なんだ!って。自分が軌道から外れすぎてしまって、自分の力であまりにも沢山の事をしようとしているという事に気がついたら、その時は、全てを中断し、自分が今どこにいて、何をすべきなのかを知るためにただ主と時間を過ごす必要があります。
すべきことはただ1つだけ
ルカ10章の中に、完璧な例があります。この章の最後の方で、イエス様がベタニヤのマリヤとマルタの家を訪れた時のことが書かれています。ところで、イエス様が尋ねて来られる時は、イエス様お1人だけで来るということはありません。他に12人の男性達(弟子達)と、そして、おそらくかなりの数の取り巻き達がいたはずです。というのも、イエス様が行かれる所どこでも、沢山の人々がイエス様に引きつけられたからです。ともかく、この全集団のためにご馳走を用意するという一仕事が、マリヤとマルタに降りかかって来ました。
私が思うに、イエス様は前もって、「これから家に行くから」と知らせてなどいないはずです!
イエス様は、準備する暇がないほど突然に訪ねて来られました。
マリヤがイエス様の聞き役に専念することにしたので、マルタがキッチンに籠って、大方の用意をすることになりました。
マリヤは、イエス様の足元に座って、イエス様の話しに耳を傾けることを選んだのです(39節参照)。
マルタが、全ての料理が同じ時間にできあがるようにし、それに加えて、テーブルセッティングに、飲み物の準備と、キッチンで大わらわしているのが想像できます。彼女の頭の中の声はこう言っています。「肉料理のためにタイマーをセットしないと。じゃがいもの皮を剥いて、テーブルセッティングをしなきゃ。ところで、うちにグラスは何個あったかしら?パンはちゃんとあるかしら?見てこないと。それから、マフィンも焼き足さないと。野菜を洗って、豆を剥いて、それからそれを鍋に入れて・・・」
要点が掴めたと思います。彼女の頭の中では、様々な事が駆け巡っていました。やらなければならない事が50もあるかのように彼女は感じていたのです。
そうこうしているうちに気がついたんです。妹のマリヤがまったく手伝ってもいないことに。
私達皆、同じような経験がありますよね。やることが沢山あって、時間がないのに、チームの誰かは全く動いてないってことが。
本当にイライラするはずです。
マルタの首の血管が浮き出ているのが目に浮かびます。彼女は堪忍袋の緒が切れるほど1人で忙しく働いていたので、ついにリビングルームにダッーと駆け込んできて、イエス様に単刀直入に言いました。「私の手伝いをするように、妹におっしゃってください。」(40節)。リビングルームに駆け込んで、主に向かって怒鳴るなら、それはあなたが肉の状態であるってことですよ!
しかし、イエス様がマルタに言われたことは、彼女が予想していたものとは違いました。その時イエス様が語られた事は、私の頭の中で沢山の事が駆け巡っている時に何をすればいいのか、いつもお思い出させてくれるものです。イエス様は言われました。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」(ルカ10:41-42)
ところで、マルタは、1つだけではなく、沢山の事が必要だと思っていました。料理を全て調理し終え、サラダを用意し、テーブルセッティングをし、飲み物を振舞わなくちゃ。それに、マリヤはイエス様の足元に座って話しを聞くという特権から離れて、手伝うべきよ!と。
けれどもイエス様は、マリヤの頭の中の雑音全てを無視されて、「必要なのはたった1つ。マリヤはそれを選んだんだ。」と言われました。
彼女が選んだのは何だったでしょうか?
彼女はイエス様の足元に座ることを選びました。イエス様の話しを聞き、イエス様を求めることを。彼女がその時受けたものを、彼女から取り去ることなど決してできなかったはずです。
これこそが、私をいつも助けてくれるものです。私の頭が色々と忙しくなり、あまりにも多くの声(思い)が叫んできて、何かを達成する前にやらなければいけないことが100もあると思い込んでしまう時、イエス様は、「必要なのはたった1つ。わたしの足元に座ることだ。(イエス様を追い求め、イエス様に耳を傾けることだ。)」と言われます。そうする時に、私はイエス様の声を聞けるようになり、イエス様の導きを得ることができるようになるのです。
次回、あなたの頭が色々な考えで混乱し、自分の力であまりにも沢山の事をしようとしている、もしくは、あらゆる選択肢や声(考え)によってどうすればいいのか分からなくなってしまったら、マリヤがしたことをしてください。あのたった1つのことだけです。そうするなら、いつの間にか、何をすればいいのか分かるようになっています。
*この記事はKaren Jensen Salisbury Ministriesから許可をもらって翻訳しました。

