私のことを意図的に傷つけた人も赦さなきゃいけないんですか?
カレン・ジェンセン・サリスバリ
時々、悪気はない人々が私達を傷つけることがあります。それでも、心は傷つき、痛みます。そして、もちろんその人達のことを赦す必要があります。けれども一番難しいのは、人があなたのことをわざと傷つけた時です。げー。
明らかに卑劣で、最初から意図的に傷つけてくる人、わざわざあなたのことを傷つけてくる人のことも赦するようにと、神様は言われているのでしょうか?
あなたは気に入らないかもしれませんが、答えはYesです。
なぜなら、神様は、赦さないことからくる痛みであなたが苦しむことを望んでいないからです!
マタイ5:44で、イエス様は言われています。
「しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、(悪意をもってあなたのことを利用し)迫害する者のために祈りなさい。」(カッコ部分は、英語より直訳)
悪意をもって!わざと!ワーオ!。この節は、私達の人間的な思いとは真逆のことを語っていますね。そうじゃないですか?
しかし、ここでイエス様がこのように言われたのは、あなたを助けるためなのです。
イエス様は、たとえ人が悪意をもってあなたのことを利用し、(故意に)あなたを迫害したとしても、あなたはその人のことを愛し、祈り、赦さなければならないと語られたのです。
私達ができないことをイエス様がやりなさいと言われるでしょうか?
もちろん、ありません。
聖書に書かれているなら、あなたにはそれができるのです!
イエス様は、あなたに自由と平安への道を示してくださったのです。
あなたが赦すことを選ぶ時、-たとえ意図的にあなたにたいしてひどいことをしてきた人のことも赦す時-、あなたはあなたの祝福のパイプがちゃんと流れるように保っているのです!
赦しは、あなたの心からすべての痛みを取り去ります。それは、問題を神様の御手に委ね、あなたが頭になると保障するものです。(ここで言う頭とは、あなたがイエス様より上に立つという意味ではありませんよ。)
相手が反省してなかったらどうなの?
何年も前に、私の教会に来ていた若い女性と知り合いになりました。ここでは、彼女のことをヨランダと呼ぶことにしましょう。
その時は、赦しについてシリーズでメッセージしていたのですが、2回目のメッセージの後に、ヨランダが私と話したいと言ってきました。
彼女が私のオフィスで席に着いた時、彼女がとても動揺しているのが見て取れました。
「カレンさん。赦すことが重要であるのは分かっているんです。」と彼女は言いました。
「でも、私にとって、それは凄く難しいんです。」
話しをしていくうちに、ヨランダが子どもだった頃、父親から性的虐待を受けたことが明らかになりました。
それから何年もたって、彼女がそのことを父親に問いただした時、父親は自分が悪いことをしたとは認めようともしなかったのです。
「父は、笑って、そんなことしたことがないと言ったんです。」そう言いながら、ヨランダは涙を流していました。
「父のことを赦そうとしたんです。でも、いつも頭の中で思い浮かぶのは、私に向かってばかばかしいと笑う父の顔なんです。
父は、私にあんなひどいことをして悪かったなんて全然思ってないんですよ!」
それを聞いて、私は本当に彼女に同情しました。言葉では言い表せないほど自分のことを傷つけた人と対決したのに、その人が反省の色を見せないどころか、笑ってくるなら、腹の虫が治まらないですよね!
私の中には、彼女と一緒に父親を殴って気絶させてやりたい!という思いもありました。
でも、それが彼女にたいする答えではないことは分かっていました。
復讐は、肉にとっては心地良いものですが(1時間か、もしくは1週間は)、本当に自由になるための唯一の道は赦しだけです。
ヨレンダと私は、そのあと数時間かけて、聖書が赦しについて何と言っているのかを一緒に見て行き、最終的に、彼女は父親を完全ンに赦すことができました。
そして素晴らしいことに、ひとたび彼女が赦すと、彼女の人生の多くのことが正常な状態になったのです。
友人関係が良くなりました。それまでは、心の中にあった赦さない思いが人を遠ざけたとは知らなかったのです。
他にも良いことがありました。給料が上がり、また経済をしっかりとコントロールすることができるようになったのです。
私達が人を赦す時、素晴らしいことが起こります!
もしかしたら、あなたはヨランダと同じようなことを体験したかもしれません。
もしかしたら、誰かがあなたのことを傷つけ、その人はまったくそのことを反省してないかもしれません。
自分を傷つけた人には、ひどく後悔してほしい、反省してほしいと思うのが、私達人間としての当然の反応です。
その人達に、どれほど自分を傷つけたのかを教えてやりたい、過ちを認めさせたい、少なくとも「ごめんなさい」と言ってほしい、そしてもっと言えば、ちゃんと行ないを正すべきだ!と、私達は願います。
でももちろん、いつもそんなことが起こるわけではありません。
あなたを傷つけた人は、一生謝って来ることがないかもしれません。一生ですよ!
もしかしたら、その人は、あなたこそが問題なんだと他の人達に言うかもしれません。したことにたいして、一生責任を取らないことだってありえます。あなたと和解しようと努めることも一生ないかもしれません。
そのことは、あなたを怒り狂わせるかもしれませんが、あなた自身がそのことに取り組むことが重要なのです。
相手が過ちを認め、謝って来るのを待っていたとしても、そうならないかもしれません。そうしたら、あなたはどうなるでしょうか?
あなたは、ずっと赦さない思いで縛られ、ひどい副次的な影響で、一生苦しむことになります。
自分を傷つけた人が謝って来るのを待つことは、その人にあなたの人生を支配させてしまっていることなのです。
あなたを傷つけた人が謝って来るか(来ないか)は、赦しには何の関係もありません。
覚えといてください。
その人が赦しに価いするから、赦すのではありません。
神様がそうしなさい、と聖書で語っているので、赦すのです。
私達は神様に従うために、赦すのです。
また、相手が過ちを認めようと認めなかろうと、相手を赦すことが、私達を解放する方法だからです。
この真理があなたを解放しますように。
赦しは、あなたを傷つけた人のためではありません。
あなたが神様に従い、自分の心を健全に保つことができるためなのです。
赦しは、あなたを縛っている鎖を断ち切り、過去の痛みから歩み去り、あなたの祝福のパイプをきれいに保つためなのです。
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「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」マタイ6:14-15
「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見出されませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして、自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。」(Ⅰペテロ2:22-24)
「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』」(ルカ23:34)
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*この記事はKaren Jensen Salisbury Ministriesから許可をもらって翻訳しました。

