イエス様は同性婚反対なのか?
キンバリー・ワグナー
去年、私は、見てほしい、聞いてほしいと切実に思っている人達の大きな集団を目撃しました。多くの州で「結婚した夫婦」としての合法的立場を受けられなかったので、不公平に扱われていると感じている人達の集団でした。
彼らが掲げたプラカードは「平等な待遇」や「愛」の必要性を訴えていました。しかし、その中で私の目に飛び込んできた看板が1つありました。誰かが、勝手にイエス様を引き出してきて、あたかもそれがイエス様の見解であるかのように自分達の意見とごちゃまぜにして看板に書いたみたいです。
このように書いてありました「イエスは同性婚に賛成している」
本当に?
イエス様はこの人に そんなことを伝えたのでしょうか?
一体どうやって?
私達は、イエス様が言ったことやなさったことの全てを知っているわけではありませんが、感謝なことに、イエス様は私達に、この問題に当てはまる、結婚に関する明確な言葉を与えてくれました。
パリサイ人たちがみもとにやって来て、イエスを試みて、こう言った。「何か理由があれば、妻を離別することは律法にかなっているでしょうか。」イエスは答えて言われた。「創造者は、初めから人を男と女に造って、『それゆえ、人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となる』と言われたのです。それを、あなたがたは読んだことがないのですか。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結び合わせ たものを引き離してはなりません。
―マタイ19:3-6
イエス様は、創世記に戻って、あの2人を引き合いに出して、結婚のモデルを定義されました。創世記で私達は、神様が結婚の制定を造られ、定義され、確立されているのを見ます。
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。―創世記1:27
神様は2つの性を造られました。2つです。主は、この造られた2つの異なった性について創世記5:2で繰り返し語られています。繰り返し『男と女』と分類されています。神様は原型のカップル、最初の結婚を、私達の模範として造られました。神様によって結び合わされた『男性と女性』の夫婦です。
それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び 合い、ふたりは一体となるのである。-創世記2:24
『女性の精霊』を住ませるために男性の体を間違えて造られたわけでも、男性と女性の霊を宿した『2つの魂がある』人達を造られたわけでもありません。(アメリカ先住民はそう言っていますが。)
神様は男と女を造られたのです。この2つの性の中で、個々人は、男性だからこんな性質、女性だからこんな性質といったステレオタイプではなく、様々な性質がありますが、その個々人は男性か女性のどちらかとして神様に造られたのです。
私達は性別をもって造られ、他の人達に神様のイメージを表すという目的をもって造られたのです。
現代の多くの人達が(その数は増加しています)、性同一性に葛藤しているのはあきらかです。その問題が何であれ そしてその問題に苦しんでいる人達が誰であっても助けるべきなように、私達は彼らに手を差し伸べ、助けようと努めるべきです。私達は、個人のアイデンティティーにたいして全ての人がゆがんだ見方を持つ、堕落した世界に生きています。そしてある程度、私達はみな『自己同一性の混乱(自分が一体何者かがわからない状態)』に苦しみます。
けれども実は、私達は性別を持って造られ、他の人達に神様のイメージを表すという目的をもって造られたのです。
後半
神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。」(創世記1:26)
神様に似せて造られた被造物は他にいません。あなたは女性として、私も…私達は神様に似せて、神様の形として造られたのです…私達は神様を示すために造られたのです。私達の性別を通して神様に似た者となるように造られたのです。
同性婚の論争の重要性を理解するために、結婚にたいする神様の目的を私達は理解しなければいけません。
結婚によって結び合わされた2つの性別の図は1つの重要な比喩を与えています。神様の結婚の目的は、神様御自身の偉大な奥義を表すために造られた目に見えるモデルなのです。
その偉大な奥義とは、エペソ5:22-33で見られるイエス様( 神なる花婿)と教会(主の花嫁)の関係です。
同性婚は結婚にたいする聖書のモデルを消してしまっている
最高裁の結婚にたいする判決は、神様の判決を変えてなどいません。結婚に対する神様のデザインと目的が有効なのです。人は、結婚を再定義しようと試みるでしょう。しかし、神様が定義されたものを再定義する権威は人間にはないのです。同性婚を1つの選択として受け入れる時、私達はデザイナーからデザインを盗み、自分達の目的のために、自分達がねつ造した物を再工作するのです。しかも私達がデザインしたものは結婚ではないのです。
人は結婚を再定義しようと試みるでしょう。しかし、神様が定義されたものを再定義する権威は人間にはないのです。
今回の裁決には、互いに愛し合 っていると宣言している2人が誰であっても、結婚することができるということよりもことさらに深刻な暗示があるのです。過ちを犯さないでください。今回の裁決は、神様のデザインと目的に真っ向から反対しているのです。
今回の裁決は神様の権威にたいする直接的攻撃です
私は、同性婚を合法化するように要求した個々人のゆえに、同性婚に反対しているわけではありません。また、私自身が「同性愛者嫌悪者」だからでも、敵対者だからでも、人を怒らせるのが好きだからでもないんです。私が、同性婚に反対しているのは、それが神様の啓示に真っ向から反対しているからなのです。
私が同性婚に反対しているのは、それが神様に反対しているからです
ある一部の人達は、私の意見は単なる1つの 意見に過ぎないと言うかもしれませんが、私の立場は、どんな個人的アジェンダにも根ざしていません。私の立場は、御言葉を通して神様が私達に表してくださったことに基づいているのです。自分達が主張していることが神様の意見であるかのようにプラカードを掲げた人によってイエス様がごちゃ混ぜにされているのを見た時、同性婚についてイエス様が実際に語っていることをシェアするようにと私は強いられたのです。
裁判所の判決は、私達がすべきことを変えることはできない
イエス様を信じる者として最高裁の今回の判決にたいする私達の反応は、毎日のように人類の堕落した状態に直面する時に私達が持つ反応と同じであるべきです。信者として、私達は和解の働きに呼ばれているのです。愛を もって真理を語ることによって、失われたこの世界に福音の希望を伝えることによって、イエス様が十字架での犠牲によって与えてくださった救いの計画を提供することによって、私達は神様の驚くばかりの恵みの生きた証明となるべきなのです。
裁判所の判決は、私達がすべきことを変えることはできません。
何があろうと関係なく、私達はいまでもイエス様が与えてくださった本物のメッセージを伝えるために呼ばれているのです。本物の愛は実際どのようなものであるのかを私達は、他の人達に知らせていくのです。
キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから、私たちは、兄弟のために、いのちを捨てるべきです。
結 婚にたいする神様のご計画に反対してる人達に、あなたはどうやってイエス様の愛を伝えることができますか?
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