神の癒しの力を解き放つ10の方法

教会の中で最も議論の的となるものの1つは癒しです。
けれども、聖書はイエス様がなされた癒しの奇跡の話しで溢れかえっていることは疑いの余地がありません。
次にあげる3つの御言葉から、いやしというのは十字架にかかられる前にイエス様が受けられた打ち傷の副産物だということがはっきりと見てとれます。
「しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、わたしたちはいやされた。」
(イザヤ53:5)
「夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。そこで、イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気のをみなお直しになった。これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。
『彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。』」(マタイ8:16-17)
「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(Ⅰペテロ2:24)
さらに、初代教会の信者達もいやしの奇跡を体験していました。事実、いやしと繁栄は信者達にとって祈りの対象だったのです。
『彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。』」(マタイ8:16-17)
「そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(Ⅰペテロ2:24)
さらに、初代教会の信者達もいやしの奇跡を体験していました。事実、いやしと繁栄は信者達にとって祈りの対象だったのです。
「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」
(Ⅲヨハネ2)
私達がイエス様のいやしのミニストリーを見る時に、私達が持っている非常に重要な関係をも認識しなければいけません。
そうです。私達は現在、この地上におけるイエス様の体なのです。(Ⅰコリント3:16)
ですから、私達がイエス様の中に見たいやしにたいする情熱を私達も表すべきなのです。
イエス様がこの地上におられた時になされた、いやしの奇跡を調べると、イエス様がどのようにいやし、誰をいやされたのかという事実が明らかにされます。
(Ⅲヨハネ2)
私達がイエス様のいやしのミニストリーを見る時に、私達が持っている非常に重要な関係をも認識しなければいけません。
そうです。私達は現在、この地上におけるイエス様の体なのです。(Ⅰコリント3:16)
ですから、私達がイエス様の中に見たいやしにたいする情熱を私達も表すべきなのです。
イエス様がこの地上におられた時になされた、いやしの奇跡を調べると、イエス様がどのようにいやし、誰をいやされたのかという事実が明らかにされます。
聖書はイエス様がどのようにそして何のために、また誰をいやされたのか私達に示しています。よく注意してください。
みことばによって。病人の信仰によって。礼拝を解き放つために。命を回復するために。悪霊から解放するために。他者の信仰によって。必死で粘り強い信仰によって。神様(と神様の心)をあらわすために。ご自分の敵。
ですからイエス様の御体である私達も、イエス様のいやしの力を私達の世代に解き放たなければなりません。
力を解き放つ
これらすべてのことを知っていながらも、いやしのミニストリーを渦巻く質問や議論がいまだあるのです。
よく聞かれる質問にはこういうものがあります。
ですからイエス様の御体である私達も、イエス様のいやしの力を私達の世代に解き放たなければなりません。
力を解き放つ
これらすべてのことを知っていながらも、いやしのミニストリーを渦巻く質問や議論がいまだあるのです。
よく聞かれる質問にはこういうものがあります。
1.神様はすべての人をいやされるのだろうか?
2.なぜある人達はいやされないのだろうか?
3.いやしには誰の信仰が必要なのか。病気の人の信仰か?いやしの祈りをする人の信仰か?それとも両方か?
すべての答えは私にはわかりません。しかし、神様がどのようにいやされたのか知ることができるように私は御言葉を探りました。
そうする中にあって、教会が神のいやしの力を解き放つことができる10の方法を私は発見しました。
1.いやしの賜物といやしの油注ぎがあることによって
2.なぜある人達はいやされないのだろうか?
3.いやしには誰の信仰が必要なのか。病気の人の信仰か?いやしの祈りをする人の信仰か?それとも両方か?
すべての答えは私にはわかりません。しかし、神様がどのようにいやされたのか知ることができるように私は御言葉を探りました。
そうする中にあって、教会が神のいやしの力を解き放つことができる10の方法を私は発見しました。
1.いやしの賜物といやしの油注ぎがあることによって
神様がある特定の場所でいやしの賜物を解き放つ時があります。
この場合、油注ぎととても強力なので洋服でさえ、接点として用いられます。いやしの賜物があらわされる聖霊充満の環境の中で人々はいやされるのです。
「神はパウロの手によって驚くべき奇跡を行なわれた。パウロの身に着けている手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行った。」(使徒19:11-12)
この場合、油注ぎととても強力なので洋服でさえ、接点として用いられます。いやしの賜物があらわされる聖霊充満の環境の中で人々はいやされるのです。
「神はパウロの手によって驚くべき奇跡を行なわれた。パウロの身に着けている手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行った。」(使徒19:11-12)
「またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、」(Ⅰコリント12:9)
明らかにいやしは教会の益のために与えられた贈り物であり、神様の栄光をあらわすためのものです。
2.手を置くことによって
2.手を置くことによって
病気の人に手を置き、回復のために祈ることができるのはすべての本物の信者達の特権です。
この按手の祈りをすると、目に見えない領域で霊の移動が行われます。
この按手の祈りをすると、目に見えない領域で霊の移動が行われます。
「蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」(マルコ16:18)
3.長老達に油を塗って祈ってもらうことを通して
3.長老達に油を塗って祈ってもらうことを通して
この場合、信者が自分の意志で牧師達を呼んで祈ってもらいます。
罪の告白と、心の準備が必要です。この時使われる油は、聖霊様の働きを象徴しています。
「あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。」(ヤコブ5:14)
4.病いにたいして御言葉を語ることを通して
罪の告白と、心の準備が必要です。この時使われる油は、聖霊様の働きを象徴しています。
「あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。」(ヤコブ5:14)
4.病いにたいして御言葉を語ることを通して
信者達は自分自身の必要をはっきりと言わなければいけないと御言葉が語っていることに注目してください。
このみことばは確信をもって語られなければいけません。病気があなたから去って行くまで使い続けることができる手段があります。
「まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。」(マルコ11:23)
5.一致と癒しの力を通して
このみことばは確信をもって語られなければいけません。病気があなたから去って行くまで使い続けることができる手段があります。
「まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。」(マルコ11:23)
5.一致と癒しの力を通して
神様が私達に教会を与えてくださった理由は、私達が一致には力があることを学ぶことができるためです。
2人、3人が神の御心について一致する時に神様が命じられた祝福が詩篇133篇には書かれています。
あなたの癒しのためにあなたと一致してくれる教会が必要です。
「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんなことでも、地上で心を1つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも3人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ18:19-20)
6.自分自身の信仰によって
2人、3人が神の御心について一致する時に神様が命じられた祝福が詩篇133篇には書かれています。
あなたの癒しのためにあなたと一致してくれる教会が必要です。
「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんなことでも、地上で心を1つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。ふたりでも3人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(マタイ18:19-20)
6.自分自身の信仰によって
あなたの信仰で満ちた祈りは、自分自身に癒しを解き放つことができます。病いがあるにも関わらず、信仰は癒しの手はずを整え、癒しを前進させます。
「だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。」(マルコ11:24)
7.イエスの御名によって
7.イエスの御名によって
イエスの御名は、病いや悪霊にたいするとても力強い武器です。病いを打ち負かす正真正銘の突き棒なのです。
「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。」(ヨハネ14:13-14)
「ペテロとヨハネは午後3時の祈りの時間に宮に上って行った。すると、生まれつき足のきかない男が運ばれて来た。この男は、宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた。
「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。」(ヨハネ14:13-14)
「ペテロとヨハネは午後3時の祈りの時間に宮に上って行った。すると、生まれつき足のきかない男が運ばれて来た。この男は、宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日「美しの門」という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた。
ペテロは、ヨハネとともに、その男を見つめて、「私たちを見なさい。」と言った。
男は何かをもらえると思って、ふたりに目を注いだ。
男は何かをもらえると思って、ふたりに目を注いだ。
するとペテロは、『金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。
するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩き出した。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った。(使徒3:1-8)
いやしをもたらしたのはイエスの御名だったことに注目してください。
8.他の人達のために祈ることによって
いやしをもたらしたのはイエスの御名だったことに注目してください。
8.他の人達のために祈ることによって
神様は、ヨブが私利私欲を無視して、強情な友人達のために執り成し始めたときに、彼を完全に回復されました。取り成している最中に、神様は彼が必要としていたものを与えられました。
「ヨブがその友人たちのために祈った時、主はヨブを元どおりにし、さらに主はヨブの所有物をすべて二倍に増された。」(ヨブ42:10)
9.他の人の信仰によって
9.他の人の信仰によって
イエス様は、中風の人の友人達の信仰のゆえに彼を癒されました。イエス様は、彼らの信仰に答えられました。そのように信者達も他の人のために祈ることができるのです。
「イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、『子よ。あなたの罪は赦されました。』と言われた。
ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。『この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。』
彼らが心の中でこのように理屈を言っているのを、イエスはすぐにご自分の霊で見抜いて、こう言われた。『なぜ、あなたがたは心の中でそんな理屈を言っているのか。中風の人に、「あなたの罪は赦された。」と言うのと、「起きて、寝床をたたんで歩け。」と言うのと、どちらがやさしいか。
人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。』こ う言って から、中風の人に、『あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。』と言われた。すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。」(マルコ2:5-12)
10.医学によって
10.医学によって
病気や患いという攻撃にしっかりと反応する防御システムを神様は人間の体に造られました。人間の体に治癒過程を備えらえたゆえに、体の自然免疫機能を助け、癒すために神様は医学を用いられる時があります。
最近、私は膝の代替え手術を受けました。多くのキリストにある兄弟姉妹達が私が祈りととりなしだけにより頼まずに、手術を受けたことを非難してきたことは私にとって驚きでした。
友人のチャールズ・キャリンが、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」(マタイ9:22)と言われたのはイエス様御自身だったということを私に思い起こしてくれるまで、私は心が乱されていました。
最近、私は膝の代替え手術を受けました。多くのキリストにある兄弟姉妹達が私が祈りととりなしだけにより頼まずに、手術を受けたことを非難してきたことは私にとって驚きでした。
友人のチャールズ・キャリンが、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」(マタイ9:22)と言われたのはイエス様御自身だったということを私に思い起こしてくれるまで、私は心が乱されていました。
神様はご自分の子ども達に効果的ないやしをもたらすために様々なアプローチを取られます。
天に召される時ではないかぎり、ほとんどの人達はいやされるのです。
ロン・フィリップス
ロン・フィリップス
Abba's House(元セントラル・バプテスト教会)の牧師。1979年から牧会している。20冊以上の著書がある。
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