ある農夫の人生を変え、息子に奇跡を起こした、たった1つの祈り

 
 

Eddie Hyatt博士

人生の危機に直面して、私の父は、手を天に向け、たった一言祈った。
この祈りが、父の口から出るやいなや、信じられないことが起こった。
3人の医者にさじを投げられた、当時7歳だった私の兄が奇跡的にいやされ、私達家族の運命が永遠に変わったのだ。

 
悲劇が起こる
6月のある暑い夏の日、父は西テキサスの1マイルに及ぶ農地を耕していた。乾いた土壌を掘り起こすので、土埃が後ろで舞っていた。時折、西テキサスの風に吹き飛ばされた回転草が、父の行く手を邪魔していた。そう、悲劇が起こるまではいつもと同じような日だったのだ。
 
ふと、私達が住んでいた家に目を向けると、仕事仲間が庭に停めておいたトラクターがあてもなく同じところをグルグル回っているのが、父の目に入った。何かがおかしいと察し、父は家に向けて自分が乗っていたトラクターを進めた。
 
家に着くと、母が7歳の兄ピーターをひざに抱いて、ポーチに座りながら泣いていた。ピーターを見たら、パンケーキのようにぺっちゃんこだったよ、と父は 語っていた。父は、ピーターが息をしているけれど、呼吸するたびに、目と鼻と口と耳から血と水が噴き出しているのに気がついた。
 
ピーターと4歳の兄ベルブは農業ごっこをしていたそうだ。ピーターは、ベルブがトラクターの座席の上に乗るのを助け、そしてクランクを引っ張ってしまった。トラクターは動き出し、ピーターを轢き、押しつぶしてしまったのだ。父は母の腕から、注意深くピーターを持ち上げて、車の後部座席に寝かせ、テキサス州メンピスの小さな町にある一番近い病院へと車を飛ばした。
3人の医者はピーターを見て、全員「折れた肋骨が肺を突き刺していることによって、口、耳、目、鼻から血が出ているんです。」と言った。そして、息子さんは後10分ももたないでしょう、と言った。
 
決定的瞬間
Ⅹ線を撮って、できる限りのことをするために、医者達はピーターを運んで行き、父はその小さな病院の待合室に1人残された。

重い心でそこに立っていた父は、ある事で頭が一杯だった。

約5年間、父は神様の召しに反抗していたのだ。

5年の間、神様が、自分をフルタイムミニストリーに呼んでおられるという感じが強くなっていたのだが、小学校4年生までしか学んでおらず、養わなければいけない家族がいたので、不可能に思え、誰にもそのことを語っていなかった。
 
しかし今、息子の死に直面し、父は洗面所に行き、右手を天にあげて言った。「主よ、準備ができました。」

それだけ。たった1言。

すると突然、全ての恐れと不安が父の心から離れていき、ピーターは大 丈夫だと確信した。
 
洗面所から出て、知らせが来るまで1時間程待った。
その間ずっと、父の心は平安だった。
ピーターは大丈夫だ、と分かっていたからだ。その状況にたいする信仰の賜物が父に与えられたのは明白だった。
 
神の力と決定的瞬間
ようやく、1人の医者が来て「ハイアットさん。今晩ここで神の力がありました。」と言った。医者は続けて自分達は、ピーターが肋骨を骨折し、それが肺を突き刺していると分かっていたと説明した。「Ⅹ線を撮り終わったのですが、出血は止まり、息子さんの体には骨折した骨は1本もありません。」
 
その時ピーターの世話をしていた看護師は、私の両親と同じ教会に通っていた。
彼女は教会の礼拝で、あの日ピーターの病室にいた時に体験した、あの神の力は今まで体験したことがありませんと、立って証した。
 
当時私は生後3週間だった。そしてあの時が、私の家族の人生の決定的瞬間となったのだ。あの祈りは、奇跡のいやしを生み出しただけではなく 、父の使命も変えた。もう1つの奇跡によって、父は農場を離れ、アッセンブリ・オブ・ゴッドの牧師となり、35年以上仕えている。
 
あの日の父の献身の祈りが、他の多くの人達の人生をも同様に変えたのだ。もしあの1言の祈りがなかったら、私が本を書くことも、オックスフォード大学で講義することも、世界中で福音を語ることも決してなかったと確信している。
 
あの祈りは、本当にゲームチェンジャー(それまでの流れを大きく変える出来事)だった。もしくは「デスティニーチェンジャー(宿命を変える出来事)」というべきだろう。
 
あなたもあなたの宿命を変えることができる
最近祈っている最中に、アメリカ中のクリスチャンが、この同じ祈りを真心から祈れば、個人個人の人生だけではなく、教会を、そして国を変えるのだということが心に浮かんできました。
 
父の祈りの力の鍵は、その祈りが完全な献身の祈りだったということです。無条件降伏の祈りだったのです。父は白旗を振り、全てを神様に明け渡しました。
 
私達は、人間関係においては物々交換をしたり、取引したりするでしょう。しかし、それが神様との関係になると、神様は完全な献身を要求してくるのです。イエス様がルカ14:26-27が言った通りです。
 
「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ自分のいのちまで も憎まない者は、わたしの弟子になることができません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしの弟子になることはできません。」
 
そうです。神様は、私達側の完全な降伏を要求しておられるのです。要求されないはずがありません。神様は、この宇宙で一番賢く、一番慈悲深い方であり、神様だけが、私達(神様の被造物)にとって何が最善なのかを知っています。私達に、それ以外の選択肢を許すことは、愛ではないのです。
 
あなたは神様にすべてを明け渡す準備ができていますか?右手を上げてください。そして心の底から、主に言ってください。
 
「主よ。私は準備ができました。」


 
エディー・ハイアット博士
作家。聖書教師。正教師
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