『世界一キライなあなたに』、英語のタイトルはMe before You。この映画が日本で公開になる前、去年の6月頃、原作を読みました。もちろん英語だったんですけど、あっという間に読み終えることができるほどひきこまれる内容だったんです。そのあと、予告編を見たんですけど。。。。。
うん、確かにロマンティックです。
でも、後味が全然良くない。
特に、映画の場合、主役の2人が超キュートで、ひきこまれてしまうんですけど、何かが違う。って感じました。
この映画のことすっかり忘れていた頃にたまたまこの記事を発見して、ああ、そうなんだ!やっぱり!って
それなので、訳しました。
(このブログの中で、クリスティーンはかなりキツイことも書いていますが、是非最後まで読んでほしいな~と思います
)
映画『世界一キライなあなたに』ロマンティック、されど歪んだメッセージ
クリスティーン・クラーク
昔、あるところに人生をまったく楽しんでいないハンサムな青年がいました。突然、どこからともなく、美しい若い女性が彼の人生に転がり込んできて、すべてを変えました。
彼は昔のように再び笑うようになり、彼女は少しずつ彼の心をつかみます。2人は恋に落ち、幸せに暮らしました!おしまい。
ちょいと待った。結末が違ってました。
2人は恋に落ち、その後彼は、自分の人生は生きていく価値がないからと自殺することにしました。おしまい。
近代恋愛小説にこんにちは
私の語っていることが一体何のことが分からないという人もいるでしょう。私は、ロマンチック映画に変装した新しいホラー映画『世界一キライなあなたに』のことを話しているんです。
この新しい大ヒット作の中で、首から下が麻痺した1人の青年は、自分の人生は生きる価値がないと思っています。けれど、彼の新しい美して若い、女性のヘルパーが彼の心を勝ち取って、彼の人生にいくらかの喜びが戻ってくるのを助けるのです。2人は恋に落ち、ずっと幸せに暮らすこともできました。
けれどもそういう風にはいかなかったのです。
この若い女性が、手足が不自由な男性と結婚『しなくてもいいように』、彼は、(医師ほう助自殺によって)自分の命を終わらせるとういう『勇敢な』決断をするのです。
エンドロールが流れる中、観客は、愛する人のために自分の人生を何の見返りも求めず犠牲にしたこの勇敢なヒーローに拍手を送りました
ちょっと待って・・・本当に彼はそうしたの?
GirlDefinedMinistriesでは、特定の映画の『映画批評』を書くことは普通しません。でも、この映画に関しては大目に見ることができませんでした。何千ものクリスチャンの女の子達が、この新しいヒット作に群がっているのに、私達の口を閉じておくことなんてできなかったんです。
安楽死(医師ほう助自殺)が、『勇敢』なこととして美化されているならば、私たちは声を上げるつもりです。
『世界一キライなあなたに』にたいする興奮が高まるのに並行して、私は、この新作の映画について明瞭に考えるようにとあなたを励ましたいと思います。この映画は、ものすごく、ものすごく間違っている事をさりげなく正常化するために作られた戦略的映画にすぎません。
自殺はあらゆる面で間違っているだけではなく、神様が私達の人生にたいして持っておられる計画と目的のすべてに反するものです。
少しも勇敢ではありません。人間が神のように振舞おうとしているに過ぎないものです。
自殺は、身勝手であり高慢な選択です。
このゆがんだロマンス映画は世間で受け入れられています。私はあなたに神の真理に立ち続けているようにと強く勧めます。
この魅力的で美化された映画が、あなたの本物の(聖書的な)愛に対する見方、全ての命(手足の不自由な人の命も含めて)に対する見方を歪めるのを許してはなりません。
常に頭に入れとくべき6つの本質的真理があります
1.命は神様からの贈り物
私達が選択したから、私達は存在しているのではありません。全宇宙の神様が、私達をこの世に誕生させようと決めたので、私達は存在しているのです。(コロサイ1:16)命は神様からの贈り物であり、私達はこの贈り物の受取人なのです。『造られたもの』として、私達には、いつ自分の人生を初め、そしていつ終わらせるべきかを決める権威はありません。それは神様だけが支配される領域です。ですから私達は、私達の人生の長さ(寿命)にたいする神様のタイミングを受け入れるべきなのです。
2.幸せは人生のゴールではない
残念なことに、アメリカンドリームは、一人一人が人生で完全な『幸せ』を見つけることが軸となっています。自分を幸せにするものなら、それが何であれ追い求めるようにと私達は励まされているのです。
お金?いいよ。
成功?いいよ。
自殺?いいよ。
個人の幸せが人生のゴールになる時、そのゴールに到達するために必要だと思うことは何でもしてしまうのです。そう。自殺することも。
それこそが、『世界一キライなあなたに』で起きたことなのです。
けれども神様のことばは、幸せが私達の人生のゴールになってはならない。むしろキリストに仕えるために人生を捧げ続けることがゴールになるべきだと、はっきり語っています。(コロサイ3:23-24)そこでのみ、長続きする本物の喜びが見つかるのです。(詩篇16:11)
3.状況は私達の喜びを決定しない
状況は、時々、本当に本当に難しくなります。人生は全然簡単ではないのです!もし首から下が不自由だったら自分の人生がどれだけ難しいか私は想像できません。けれど、どんなに難しく、きつい状況だったとしても、その状況が人の喜びを決定することはできないのです。
たしかに、状況は人生を本当に本当に困難なものにするでしょう。しかし、私達が許可するぶんだけしか、状況は私達の喜びを支配することができないのです。手足が不自由な人であっても、人生で喜び、目的、満足を見出すことができます。(ジョニー・エレクソン・タダとか)選択は私達次第です。
4.神様から離れて希望はない
この新作映画は、神様なしの人生がどんなものであるかの完璧な(そして悲しい)模範です。『世界一キライなあなたに』の中で、この若い青年は、キリストを信じているとか、イエス様と個人的な関係があるとは一つも言っていませんでした。神様なしでは、彼に残されたのは不自由な体だけで、生きる目的はまったくありませんでした。
キリストにある本当の希望を持ってない人は、絶望へと駆られてしまいます。それこそがこの映画で起きたことでした。自殺は、完全な絶望を体験した人がしてしまうことなのです。
5.自殺は身勝手さとプライドの縮図
この映画は安楽死をロマンチックで勇敢なこととして描写していますが、安楽死は極限の身勝手さとプライドに他なりません。自殺する人は高慢にもこう言っているのです。「神様よりも、自分の方が自分の人生のことを良く知っている。自分の人生をいつ終わらせるかは自分で決める。神様がなんて思うと構わない!」生ける神様にたいしての説明責任から、そして人生から逃れるためにすることなので、自殺はとても身勝手なものなのです。
6.殺人は罪
以上。自殺は殺人であり、創造者に反逆するずうずうしい行いです。(出エジプト20:13)
あなたが『世界一キライなあなたに』をどう切ろうとも、この映画は、ひどく間違っていることを正常化しようとする強力な(しかし巧妙な)アジェンダをもっています。
言うまでもなく、この映画は冒涜と神様の御名を汚すこと、性的暗示、乱れた言葉で満たされています。
クリスチャンの女子として、私達がこのカルチャーの流れに対して強い態度を取ることができるように。この歪んだ、勇敢なメッセージに対して真理を私達が語ることができるように。安楽死を『健全な』選択だと思っている人に、キリストが与えてくださる解決に満ちた希望を、私達がへりくだって伝えることができるようにと祈ります。
