元レズビアンの同性愛から自由になった感動する証

Matt Barber

「編集者注
神様にしかアレンジすることができない素晴らしい状況を通して私は、ウェンディ―と彼女の証を知りました。
ウェンディ―は心から主を愛する喜びに満たされた女性です。キリスト・イエスの力によって同性愛という罪から贖われて
自由になった感動の証をぜひシェアーするようにとBarbWireから彼女は頼まれました。ウェンディ―は自分の証が、彼女を同性愛という生き方に導くためにサタンが用いた状況、もしくはそれと似たような状況の中にいるたった一人の人にでも影響を与えることを願っています。
もしそれがあなたなら、あなたにはわかるはずです。ウェンディ―の人生において、敵が計ろうとした悪を、神様はもの凄く良いことのために用いてくださっています。そしてそれとまったく同じことを、神様はあなたにもしてくださいます。-Matt Barber」

私の名前はウェンディ―です。私はバージニア州の小さい町で生まれました。
私は物心がついた時からずっと、ドアが開いている時にはいつも教会にいました。
そして通っていた独立バプテスト教義に深く根差した教会のクリスチャンスクールで私は学んでいました。

私の母は、とても病気がちで入退院を繰り返していました。
私には4歳年下の妹と生後3日で亡くなった弟がいます。
1982年のクリスマスに母は32歳で亡くなりました。その時、私は11歳で妹は7歳でした。



私の父は、訳もなくちょっとしたことで怒る人であり、アル中でした。
父は、男の子を欲しかったのですが、たった一人の息子は亡くなってしまいました。だから父は私を息子にしようとしたのだと思います。少なくとも私に対する父の態度はそのように見えました。
特に私が大きくなってからは、父の私に対する接し方は、妹と違っていました。例えばこんなことがありました。私が最初の車をもらった時、父が私に鍵を渡す前に、私はなんの手助けもなしでタイヤを換えなければいけませんでした。その時、父はただそばに立って見ていました。
妹の時には、父は普通に鍵を渡してたんですよ。

父は、家族を感情的にまた言葉によって虐待していて、ワンマンな人でした。それなので、私は幼い時に、男の人が全員父のようならば、男の人とはなんの関わりも持ちたくないと思いました。男性は危険で信頼できないから、絶対に結婚しないと心に誓いました。

私の家族はとても厳格で超保守的考えを持っていたので、言っても信じてくれないと私は知っていました。だから、性的虐待を受けていることについて、私は口を閉ざし続けていました。サタンは私の純潔を盗み、私は本来自分がなるべきものではなかった者にさせられてしまったのです。幼い時に、私は女性に魅了されました。性的虐待されたことを私が黙っていたので、サタンが私のうちに私の性的アイデンティティーを混乱させる大きな偽りをいれることを許してしまったのです。それが、やがて同性愛という形になって現れる不自然な欲望の誕生でした。

とてつもない痛みと混乱の中にいたので、ある日、私はアルコールに慰めを見出すようになりました。ようやく、痛みを麻痺させてくれるものを見つけ、私は現実逃避することができました。私の飲酒はますます悪化をたどる一方でした。私が飲酒運転をしたり、刑務所に行ったり、自分や他の人を殺したりしなかったのは、ただ神様の恵みと憐みによります。

私は鬱に苦しんでいて、自殺願望とよく戦っていました。ある夜、私はお酒を飲み、弾丸が詰まった自分の銃を握りながら、引き金を引くようにと自分に言っていました。神様はその夜、ある電話によって私を自殺から救ってくれました。私はあの夜、自殺しようとしていましたが、神様の愛なる恵みと憐みが私に注がれたのだと私は思っています。

15歳の時初めて、ある女の子と合意の上で性的関係を持ちました。この時の体験が、私が次から次へと不健全な関係を持つ引きがねとなりました。けれども、女性と寝ることは、私にとって「安全」だったのです。私の男性に対する憎しみと恐れを思えば、何ともないことだったのです。これらの関係は全て、恥と後悔と傷と破られた約束と満たされたない期待、そして感情的痛みで終わりました。もう、本当にそれ以上にひどいものでした!
挙句の果てに、私はお酒で解決しようとしました。
私が信じたサタンからの嘘、それはまだ自分にぴったりな女の子に出会ってないだけなんだから、その子を見つけなきゃというものでした。問題は、ぴったりな女の子はいないということでした。
私は、神様の御心と神様が私の人生に立てておられる計画から、完全に外れていました。

私が肉体関係を持とうとしていたある女の子が、教会に誘ってきました。私は強く断りましたが、彼女がしつこく誘ってくるので、遂に私は言いました。「一回だけ、本当に一度きりだけよ。私があなたと教会に行くなら、二度と誘わないと約束くれるかしら?」
私が1度行くなら、もう二度と誘わないと彼女が約束したので、教会に行きました。その日は、2007年2月のある水曜日の夜だったと覚えています。礼拝の間ずっと、私は赤ちゃんのように泣いていました。人生で初めて、自分の家にいるという感じがしたのです。

ドアが開いている時には私はいつも教会に通い続けました。2007年の4月に、私はキリストに再献身しました。小さい時に、私は感情的に救いの決心をしていましたが、自分の人生をキリストに捧げきっていなかったのだと、今は分かっています。

私のことをまったく裁いたりせず、心から愛してくれて、SSA(同性にひかれること)の原因となるルーツについて教えてくれる、同性への魅力と戦っている信者のグループを私が見つけた時、主は私を祝福してくださいました。
神様の恵みと絶えることのない愛こそが、私を同性愛の束縛から解放してくれたのです。主は、脱出の道を与えてくださいました。神様は、アルコール中毒と性的な罪から私を完全に贖い、救ってくださいました。私の天のお父さんは、私の全ての傷を癒し、空洞を満たし続けてくれています。私は勝利者であり、いと高き王の子どもです!!!私がそれに相応しいからなのではなく、私がまだ罪人であった時に、最初に私を愛してくださった救い主が私にはいるからなのです。私はキリストに従い、ともに歩むことを決心しました。私は、自分の過去が、私のアイデンティティーを決めるようにはしません。なぜなら、私は神様が言われた通りの者だからです。
私は、愛されているものであり、大切に思われていて、王女であり、主なる全能の神様の娘なのです!!!私を地獄へと導いていた人生から救ってくださったことを感謝します、イエス様。


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