クリスチャンが大目に見てしまいがちな罪



マーク・デジーザス


子供のころから、私はマルコ11章のメッセージをいつも聞いていました。人々は、彼らの人生にある障害物に語ることを(山に動くように命じること)学ぶことによって、祈りの生活をさらに高めることを求めていました。しかし、この箇所の2番目の部分から、誰かが説教するのはあまり聞いたことがありませんが、山を動かすのと同じように大切なものです。


『だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。また立って祈るとき、誰かに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。』              (マルコ11:24-26)


イエス様は、私達が『山を動かす』祈りをしている最中に、赦さなければいけない人はいないだろうかと考える必要がありますよ、と語っています。イエス様が私達にこう教えられたのには理由があります。
それは、誰かを赦さなければ、山は(問題)、あなたが命じたとしても、その場所を動く必要は1cmたりともないからです。つまり、山に法的権利を与えてしまうからです。


私達は、赦さないことは罪ではなくただの『問題』としてしか見てないことがよくあります。しかし、他者を赦さないことは、あなたの山を動かすことを妨げるだけではなく、あなたと神様との関係も妨害するのです。
神様は、あなたが自分も赦されたように他者を赦すまで、あなたも神様から赦しを受けることができないと言われています。


赦していないサイン

1.ある特定の人のことについて話すことができない。

2.その人のことを考えたり、見たりすると感情に痛みがくる。

3.ある特定の人を見かけると、その人とは別の道をいく。その人が、会うとべらべらしゃべってきてあなたの時間を取る人ではないのにも関わらず。

4.皮肉を込めてしゃべる。または、遠回しに攻撃する。

5.その人について、裁くような思いを持っていたり、裁くような言葉でしゃべる。


赦しは、私達を神の愛と憐れみの力にコネクトする、神様からの賜物です。私達が赦しを体験すればするほど、神様の愛と豊かな憐れみを本当に理解するのです。
赦しが良い力強い武器であるのに対して、赦さないことは致命的な悪い罠です。人々をつまずきという罠にはめ、苦々しさで毒するのです。もし、苦々しさが私達の人生にはいってくるのを許すのなら、私達の全ての部分に入り込み、汚し、私達の思い、霊的歩みを毒し、私達の肉体の健康さえダメにするのです。苦々しさは、私達を、人間関係を、私達のビジョンを破壊します。


つまずきという罠

イエス様は、終わりの日になると、つまずきがあると警告されました。言い換えるなら、誰かによってつまずかせられる機会が増すということです。
KJVでは、『つまずきはさけられない。』と言っています。

生きている限り、つまずく機会はたくさんあります。
『今、なんて言った?』と人に言ったり、怒りを覚えることはあります。
問題はこれです。
「あなたは、そのつまずきにどう対処しますか?」

質問

1.あなたが、赦さなければいけない人は誰ですか?あなたのお母さん、お父さん、牧師、同僚、友達、上司、パートナー、もしかしたら、あなた自身かもしれません!

2.つまずきによって捕らえていて、前に進むことができない状況はありませんか。


やってみてください
赦していない人達の名前を書いてください。赦しますと口に出して言いましょう。そうする時、自由を感じ、力を受けます!

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