アブラハムの妻サラの一生は127歳でした。高齢となり、神様の約束の子が与えられるということが待てなくて、奴隷のハガルにアブラハムとの子を産ませるという失敗もありましたが、基本的に「約束をなさった方は真実な方であると、信じていた」信仰の人であったと新約聖書に記されています(ヘブライ人への手紙11章11節)。
また、夫に従順であったとペトロの手紙1 3章6節に記されています。アブラハムが「サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。」2節とあり、彼がどんなにサラを愛していたことか、その悲しみが伝わってくる表現です。しかし、立ちあがり、なすべきことを(埋葬)するために、墓地のための土地の購入の交渉をしにヘト人の人々のとろこにいきます。考えてみれば、アブラハムは神様に呼ばれてウルの地を出て以来、初めて身内の死に直面し、それまで寄留者としてカナンの地をあちらこちら移動して、天幕生活を続け、財力があっても土地を購入したことはありませんでした。妻サラを葬るという実際的必要のため墓地を購入したのです。神が「この土地を与える」と約束されても、まだその時が来るまで、寄留者として過ごし、カナンの人々とも平和的関係を持っていました。彼の信仰の態度をヘブライ人への手紙11章9-10節でこう記しています。
「信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。 アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。 この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。」
ヘテ人の人々との交渉の場面から、アブラハムは彼らから尊敬されていたことがわかります。ヘテ人は墓地をどこでも提供すると提案してくれましたが、アブラハムはエフロンという人が所有するマクベラの洞穴と畑地を売ってくれるよう願いました。エフロンは差し上げると好意的に言ってくれましたが、アブラハムは皆の前できちんと代価を払って購入し、この墓にその後アブラハム、イサクとその妻リベカ、ヤコブとその妻の一人レアも葬られることになります。
死者を葬り、お墓を守ることは大事なことです。しかし、イエス・キリストが復活した後の墓が空となったように、キリスト者にとってのお墓は、そこにその人の肉体や霊がいるわけではなく、天国という故郷に生きる者としての信仰の証しです。キリスト者は、やがてキリストによって復活の体が与えられるという神様の約束を信じつつ、その信仰の告白として墓を大切にしていきたいと思います。(引用 新共同訳聖書)