エサウの子孫たちが系図によって描かれています。彼の子孫はエドム人となり、セイルの山地に住みます。山地は豊かな作物の収穫が困難なこともあり、戦闘的民族となり、エサウから多くの民族がうまれたことが系図で示されています。エドム人は聖書では、その後イスラエルの民に敵対する存在として登場。民数記20章では、イスラエルの民がエジプトを出て、約束の地へ向かう途中、モーセがエドム王に領土を通過させてほしいと使者を送ってお願いしましたが、強力な軍勢を率いて迎え撃とうとしたことが記されています。また、イスラエルの王国のダビデ王朝の時に、エドム人は一時的にイスラエルの支配をうけましたが(2サムエル記8:14)、ソロモン王の時代にその支配から脱しました。このことは、エサウが弟のヤコブに騙されて、祝福を奪われた時に、父ヤコブに私にも祝福を下さいと泣いて願った時、ヤコブが預言したことと一致しています(創世記27:39-40)。
エサウはヤコブと20年振りに再会した時和解したように記されていますし、父イサクが亡くなった時も一緒に葬ったと記されているのに、いつから敵対するようになってしまったのでしょうか。おそらく、エサウ自身はヤコブを赦していたとしても、彼の子供たちが父から自分の祖先のことを聞いた時に、否定的に伝わってしまった可能性はあります。実際、ヤコブはエサウを騙して、父が長男に与えようとした祝福を奪い取ってしまったわけですから、エサウは被害者として後世に伝わってしまうの致し方なかったかもしれません。そして、エサウの系図を見えてみるとアマレク人が出てきますが、このアマレク人は特に、イスラエルの民を目の敵にするほど攻撃をしかけてきた民族ですし、聖書のエステル記ではペルシャ帝国中のユダヤ人を抹殺しようとしたハマンもアマレク人の子孫であり、またイエス様の時代の悪名高きヘロデ王はイドマヤ人というエサウの子孫で、メシヤとされる幼子イエス様を抹殺するために、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男子を虐殺した人です。
怨恨が世代にまたがって負の連鎖となっていくことは、悲しいことです。確かに、悪いことをしたことは事実であっても、それを相手が謝罪を請い、赦すことができれば、その赦した慈愛の心、ひどいことをされても仕返しはせず、神様が取り扱って下さるから任せる、敵を愛しなさいというイエス様の教えにそって、子供の世代に伝えることができればと願います。世界で起きている戦争、特に民族紛争は歴史的に根が深いので、一概にどちらかが悪い良いでは判断できないこともあり、また互いに報復を繰り返すことで、両者とも結局加害者となる、つまり多くの人々を殺してしまい、その人々の子供たちが恨みを引き継いでしまうという恐ろしい連鎖となります。どこかで、お互いを赦し歩み寄らなければ憎しみは続きます。国際社会だけでなく、私たちの身の回りの人間関係においても。それは平和の源であるキリストの愛を注いでいただくことでのみ、可能となるのではないでしょうか。