聖書の学び 創世記37章 ヨセフ:寵愛から奴隷へ | ester-chanのブログ

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 創世記37章ではヤコブの子、ヨセフの波乱万丈の話が以下記されています。このストーリーは現代でミュージカル 『ジョセフ・アンド・アメージング・テクニカラー・ドリームコート』として日本も含め世界各国で上演されているほど、いわゆるサクセスストーリーとして有名です。しかし、聖書がこのストーリーを創世記の最後に記しているわけは、サクセスストーリーではなく、神様がアブラハムになされた約束が実現されていく過程の話であり、なぜ、ヤコブとその12人の子供たちがカナンからエジプトに移住したかの経緯、つまりエジプトにおいて、アブラハムの子孫である神の契約の民。イスラエル民族が約400年間かけて大きな民族となっていき、そこで奴隷として酷使されている状態から神様が救い出す、いわゆる出エジプトの出来事につながる話だからです。

 17歳のヨセフは最愛の妻ラケルの忘れ形見であり、ヤコブの偏愛を受けていたため、他の妻たちから生まれた兄弟たちの妬みを買い、憎まれていました。ヨセフはえこひいきされ、甘やかされて育てられていたため、かなり高慢になっていた可能性があります。袖つきの服(きれいな色付きの服、当時では王族の子たちが着るような服、ダビデ王の娘タマルが着ていたことが記されている)を彼だけ与えられ、特別扱いされていい気になっていたので、兄たちのしたことを父に告げ口をしたり、二つの夢(彼の両親と兄弟もヨセフにひれ伏すととれる象徴的な夢)を見て得意げに兄たち、そしてヤコブにも語りました。これらのことにより、兄たちはさらにヨセフを憎むようになりました。ある時、羊を遠方で買っていた時に、ヨセフが父より兄たちの様子を見に行くようにと独りで遣わされた時、兄たちはヨセフを殺してしまおうと服をはぎ取って、穴に投げ込んでしまったのです。幸い、長男のルベンが「弟を殺すのは良くない」と提案し、ヨセフは殺されずにすみましたが、穴に投げ込まれて放置されている間に、旅の商人が見つけて彼を奴隷として売ってしまい、エジプトに連れていかれました。

今まで父に大事にされていたヨセフは、突然の兄たちの暴力と奴隷として売られてしまうという顛末にどんなにショックだったことでしょう。しかし、このことが起こるのは神様の計画のうちにあることでした。ヨセフを神様のご計画に用いるために、神様はまず彼の傲慢さを取り扱われるため、このような試練を通り、エジプトへ先に遣わされたと言えるでしょう。この長服は彼のプライドの徴で、神様は彼の長服つまりプライドを剥がす必要があったのです。そして、ヨセフの見た夢は2回繰り返されているので、このことは必ず実現するという保証(創世記41:32)であり、将来のことを神様が夢を通してしめされているのが、この後のエジプトでの展開を指し示しているからです。

 兄たちは、父ヤコブに使いを遣わし、ヨセフは途中で獣に殺されてしまったと伝え、ヤコブは血の付いた長服をみて、最愛のヨセフを失ったことにで悲嘆にくれます。誰からの慰めをうけることも拒否たとあり。彼がどんなに悲しみの中に沈んでしまったのかが、この簡素な聖書の描写から伝わってくるようです。しかし、そもそもヤコブがヨセフを偏愛しすぎたゆえの、悲劇でもあると言えます。親の特定の子供への偏愛は、家族を傷つけますし、兄弟の間で妬みやひがみ、親に対する不信感を生み出す可能性があります。親子であっても相性はあるのは仕方がないことでありますが、親はどの子供にも平等に愛を持ってほめたり、しかったりする責任があることを考えさせられます。また、それが出来なかったとしても、それによって引き起こされる家族内の確執、悲劇的出来事を、ヨセフ物語のように、神様が最終的には試練の先にある祝福の展開と、赦し合い、和解の道へと導いて下さるということが、大きな慰めであります。