聖書の学び 創世記25章19-34節 イサクの子孫:エサウとヤコブ | ester-chanのブログ

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聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 アブラハムの息子イサクは、アブラハムの親戚から妻リベカを40歳の時にめとりましたが、なかなか妻に子供が出来なかったので、主に祈ったと記されています。すると、リベカは妊娠し、双子が彼女のお腹の中で押し合いました。双子というのは同時に母の胎内で命が宿るのですが、どこの国でも先にお腹の中から出てきた方を長男とするようです。イサクの息子たちの場合も、先に生まれた息子がエサウ、そして次男が生まれ出る時エサウのかかとをつかんでいたので、ヤコブ(アケブ:かかと)と名付けられました。

 神様は二人の息子が体内にいる時に、「リベカに兄が弟に仕えるようになる」とリベカに言われました。このことをリベカは夫イサクに伝えた様子は記されていません。代わりに、「イサクはエサウを愛した。狩りの獲物が好物だったからである。しかし、リベカはヤコブを愛した」(28節)と記されています。イサクがもし、神様のリベカに語られたお告げを聞いていたら、どうしたでしょうか。イサクはアブラハムの子として、父に倣い次の章で記されるように、他者と争わず、忍耐強い、信仰の人であることがわかりますから、もし知っていたら何かしら考えて、行動したはずでしょう。

 27-34節の長子の特権の譲渡のストーリーから、リベカがこのことをヤコブに話していた可能性があると思われます。ヤコブは、母から自分が弟であってもイサクの継承者であると聞いていたからこそ、そうなるべく神様の動きを待たずに、自分の思いで兄のエサウに「長子の権利を譲ってください」と交渉し、一杯の食べ物と引き換えに譲ってもらったのではないでしょうか。

またエサウはお腹が死ぬほどすいていたという自分の肉欲に任せて、考えなしに「ああ、もう死にそうだ。長子の権利などどうでもよい」と、長子の権利をヤコブに譲ってしまいました。このことを新約聖書ヘブライ人手紙12:16-17では下記のように記しています。

「また、だれであれ、ただ一杯の食物のために長子の権利を譲り渡したエサウのように、みだらな者や俗悪な者とならないよう気をつけるべきです。あなたがたも知っているとおり、エサウは後になって祝福を受け継ぎたいと願ったが、拒絶されたからです。涙を流して求めたけれども、事態を変えてもらうことができなかったのです。」

 長子の権利、しかも神様が約束されている祝福を受け取る権利を軽んじるということは、取り返しのつかない重要なことです。私たちは何を優先順位としておくか、それは誰を主人(主)としているかによります。自分の欲か神様かのどちらかです。神様を主とすれば、様々なことが生活の中でおき、自分の想定通りに事がすすまなくとも神様が必ず背後にて働いていてくださるので、ヤコブのように自分で画策しなくともよいのです。かえって自分で画策すると、面倒なことになるのが次章から記されているからです。