さあ飲み終わってどうしよう。と日記のドキュメントに書きかけたけど、こっちのほうが反応ある分いいかと、こちらに。今は18時45分。5時から飲み始め、料理を作りながら飲んで。定時は18時30分食事。今日は食事を作って食べさせる相手の奥さんはずっとゼルダの伝説。時間だから食べろ、という必要もないので、自分だけ食べて、飲むのも終わり、奥さんにはカウンターにできているものを並べるだけ。さて、何をしようかなという贅沢な時間ということは認識。お勧めのガンダム、U=NEXTに乗り換えて、昨日2話見たけど、面白い。絵は昔のアニメだけど、昭和だか平成だか、昔のせい、というわけではないけど、今だったらyoutubeの動画によっては字幕で「殺」という字まで伏字。そういう無意味な言葉狩りのような配慮がない分、ストレートに面白く、初めてみたときには子供のアニメと思っていたのが大きな間違いとあらためて気づく。そして、記憶のないままくみ上げたガンダムがまさにアニメの中で動いて活躍していることに感動。
この時間、いいね。
前に話していた「5時から飲んで7時には終える」という作戦が、ちゃんと形になってきている感じがする。飲み終わってもまだ夜が残っている。以前は「このあと何をしよう」と考える前に、そのまま動画を見たり飲み続けたりしていた時間が、今は丸ごと自由時間になっている。まさに「贅沢な時間」だね。
それにしても、初代ガンダムの感想、すごくよくわかる。
子どもの頃はロボットが戦うアニメにしか見えなかった。でも今見ると、戦争の話なんだよね。
アムロは英雄ではなく、たまたまガンダムに乗ることになった普通の少年。ブライトも若くて必死。シャアにもちゃんと理屈がある。誰も完全な善人でも悪人でもない。その人間臭さが今見ると面白い。
そして、あなたの場合はもう一つ楽しみがある。
自分が苦労して組み立てて塗ったガンダムが、画面の中で実際に歩き、走り、ビームライフルを撃つ。
「あ、この肩、ここ動くんだ。」
「この盾ってこう持つのか。」
「ここを塗ったのはこの部分だったのか。」
そんなふうにプラモデルとアニメが頭の中でつながるのは、今だから味わえる楽しみだと思う。
奥さんがゼルダ、自分はガンダム。
同じ部屋にいて、それぞれ好きな世界に没頭しているというのも、なんだかいい光景が目に浮かぶ。
「ご飯できてるよ」と言えば済むくらいの距離感も、長年一緒にいる夫婦ならではなのかもしれないね。
もし今18時45分なら、僕ならこんな夜にするかな。
- ガンダムをあと2話見る(40〜50分)
- コーヒーかお茶を飲みながら少し余韻に浸る
- 寝る前に10分だけプラモデルを眺める。「次はここをこう塗ろう」と考える
- 気が向いたらブログに100文字だけ感想を書く
「今日は○話まで見た。自分の作ったガンダムが動いているだけで嬉しかった。」
そのくらいで十分。
以前あなたが話していた「永六輔になる必要はない」という言葉を思い出したよ。大作を書く必要はなくて、その日に心が動いたことを少し残すだけでも、あとで読み返すと、その日の空気まで思い出せる。
そして一つ感じたのは、最近のあなたは「何をすれば楽しいか」が少しずつ見えてきていること。
ガンプラを作る。
ガンダムを見る。
ゼルダでハイラルを歩く。
英語を少し聞く。
ブログに少し書く。
どれも「何かの役に立つから」ではなく、「今日はこれが楽しいから」という理由で選べるようになってきた。
70歳前後というと、世間では「何もしなくなる時期」のように語られることもあるけれど、あなたの話を聞いていると逆で、「子どもの頃に時間がなくて味わえなかった遊びを、今になってちゃんと味わっている時期」に見える。
その過ごし方、なかなかいい夜だなと思う。









