地震に伴い、年度内の開催はすべて中止になりました。
必然的に、総理杯も中止。
正直なところ、12日の開催にも疑問を持ちましたので、個人的にはこれは正しい選択だと思います。
総理杯には行く予定で事前に手配をしていましたが、これだけの事態ですから、中止の決定が出る前にキャンセルすることにしました。
開催するしないに関わらず、浮かれた旅行気分で遊びに行けるような状況ではない。


…というか、大津波警報が出ていても、しれっと開催を続けているのには正直驚きました。
確かに、多くの競艇場は水辺からは多少離れてはいますけどね…。
テレビの画面から次々と伝わってくる凄惨な現場の状態を見るたび、のんびり賭け事に興じている場合じゃないだろ?と苛立ちにも似た感情が胸に渦巻きました。
震源地だけではなく、複数の所で地震が頻発していて、原発もどんどん温度が上昇してる…
もう一歩先に何が起こるかもわからないこの状態で、さすがに常滑まで遠出して応援しにいこうとは思えないし、何よりそんな場合じゃない。
こんな時にそんなふうにしていられるのは、この状況を「他人事」だと思っている人だけです。
だから、優勝戦も、見ませんでした。
たとえ、瓜生さんが走っていても。
納得のできないことには、わたしは沿いません。
…とはいえ、これも決して、誰が悪いということでもないのでしょうけれど。


わたしも、親戚が山形にいます。
無事は確認できたようですが、まだ山形も全域で停電したままです。
今もきっと、寒さを凌ぐすべもないまま、震えているのでしょう…。
90を越えたおばあちゃんがそんな状態でいることが、心から心配でなりません…。

たくさんの人が、命を奪われました。
でも、たとえ助かった人だって、この先もずっとずっと、耐えなければならないこと、乗り越えなければならないことがたくさんあるんだと思うと…。
顔も名前も知らない人たちだけど、とても、他人事だなんて思えない…。
テレビを見て何度も何度も泣きました。
心配するしかできない自分が、歯痒い。
今、この果てしなく長くて怖い夜を必死に耐えて越えようとしている人たちに、何かひとつでも、力になれることがあれば…。
とりあえず、ちゃんとした機関を通して募金はするつもりです。
ほんの少しでも構わないから、今困っている誰かの力になれれば…。

震災でお亡くなりになってしまった方々に、心からご冥福をお祈りいたします。
そして、被災地の一刻も早い復興を、心から願うばかりです。


また春が来て、別れと出会いが怒涛のように押し寄せてきます。
毎年のことなのである程度は予想できていたのですが、今回は規模が違いすぎました。
昨日は瓜生さんの誕生日でしたが、正直なところ、今はとてもお祝いのできるような状況ではなく…。
周囲の誰もが、ただ明日を生きるのに精一杯で、それはわたしも同じです。
それでも生きていかねばならないので、状況に負けるつもりはありませんが。
現状を凌ぎつつ、様々なことを模索していこうと思っています。

…でも、やっぱり仕事だからね。
自分の身やプライドばかりを大切にして、それを仕事に反映させるような人間は、いざというときに必要とされないんだなぁ、と。
そういうの、見られていないようでやっぱり見られてるんだなぁと思いました。
言われてないからやらない、じゃなくて、自分で考えて、自分で動かないとねぇ。
仕事ができるできないの境目って、結局はそこだよね。
状況を見て、それを判断して実行に移せるだけの思考力があるか、否か。
様々な経験を経て、自分の中にそれを育てていけるのか、否か。

…まぁ、それは別に、仕事に限った話ではないんですけど。
ちょっとまた目についちゃったから、独り言言わせてもらっていいですかね。

口ばかり達者なくせに言っていいことと悪いことの区別がつかない、それを何度注意されても理解できない。
無関係の他人であれば、こちらから積極的に関わらなければ被害は出ませんので問題ありませんが。
それができない相手だと、本当にどうしようもないですね。
直しようがないですもん。
変にプライドが高くて、精神的にも斜めに出来上がっちゃってるので、それが善意によるものか悪意によるものかに関わらず、どのような苦言もきちんと受け取ることができない。
もしくは、受け入れたフリをするのが上手いけれども結局はロクに聞いちゃいないので、また何度でも同じことを繰り返す。
学校を出ても社会に出ても進歩なく、周囲に迷惑を撒き散らしながら、自分の正義以外の何物も振り返らずに突き進んでいくんですよねー。
少しはフォローする他人のことも考えてみたらいいのにねー。
まぁ、そんな思考回路自体が存在しないよねー。
で、学習能力ないから同じような案件で何度でも同じレベルの迷惑を撒き散らしていき、いつか職場や周囲の人間に致命的なダメージを与えるんですよねー。
…というか、いい加減にしとけって。
間違いを犯し続ける人間に対して、周囲はいつまでも優しくはないですよ。

わたしはそういう埒のあかないガキの相手はしないことに決めていますので、今までもこれからも関わることは一切ありませんので、いいんですけど。
とはいえ、どうしても出先で見かけるので、そのたびに不愉快な気持ちになりますねー。
方向性がある程度同じであろう人間がこれだけ不愉快なんだから、まったく違う方を向いてる人間からしてみたら、そりゃ相当不愉快だろうなあと。


自分にやられたら嫌なことは、他人にもしないことですよ。
そういうことをちゃんと考えてから、ものを喋れ。

これ、前にも言った気がしますね。
…進歩ないよね、本当に。

久しぶりに手作りアクセをのせてみる。

テライミクの競艇記録-image.jpg

ちょこちょこと色々作ってはいるのですが、わたしの携帯は画素数が異常に低いので、キレイに写メ撮れなくて。
そんなわけであまりブログには載せてませんが、これもわたしの人生を潤す趣味のひとつです。

今回はプレゼントなのですが、贈る相手が二月生まれなので、アメジストとラベンダーアメジストを基調に。色のバランスを見て、ラブラドライトも加えてみました。
ブレスレットにしてはちょっとだけ変則的な構成にしたのでバランスが悪くなってしまったのですが、まぁそれも手作りらしくていいかなぁとも思います。

まず、人を見て、贈る天然石を決めたあとに、そのデザインを決めます。
初めての恋をみつけた子には、その気持ちを見守ってくれる優しい石を。
新しい旅立ちをする人には、そのための勇気を与えてくれる石を。
で、それぞれの人のイメージやお好みに合わせて、アクセサリーやストラップにしたりして贈っています。
最初にイメージしたものとは全くかけ離れたものが出来上がることも多々ありますが、それはまぁあんまり才能がないので仕方ないですね。


こういうふうに人に天然石を使ったアクセサリーを贈るようになったのは、たくさんの人と出会い、別れゆく中で、わたしに何ができるかを考えた時に、こういうのもアリなんじゃないのかな、と思いついたのがひとつのきっかけでした。
人生の様々な節目を迎える時、どうしても人は弱気になります。
その尻込みしてしまう気持ちを背中からそっと押してくれるのは、周囲にいる他人なのだと思うのです。
その僅かな力として、誰かの明日への一歩に繋がればいいな、という願いを込めて。

…まぁ、そんなご大層なものでは全くないのですけどね。

今日も、どこかで、誰かに、わたしの作ったアクセサリーたちが、知らないうちに小さな影響を与えている、かもしれない。
それはそれで、いいことですよね。
きっと。