またかと言われそうですが(笑)。
先週に引き続き、映画の試写会に行ってきました。
今回当たったのはわたしじゃなくてケコたんなんですけど、当然のようにご一緒させてもらいました。
お陰様で、早くも今年3本目の映画鑑賞。
かなりのハイピッチだなあ…。
さらに言うと、実は来週も試写会なんですよね。またしてもケコたんが当てました。
そしてまた当然のようにわたしも行きます(笑)。
さて、それはともかく。
観には行ったけれどもブログに感想を挙げていない映画も結構あるので、映画自体は結構観に行っている方だとは思います。
ですが、特にこだわりのようなものはなく。
邦画・洋画問わず、ただ自分の感性に合うものだけを追い求めて観に行きます。
それだけに好みの傾向というか、ジャンルが偏っていて。
正直試写会でもなきゃ観に行かないだろうな、という作品も、たくさんあります。
そうした意味では、今回観させていただいた作品、「インビクタス」も、おそらくは今回の縁がなければ、一生観ないままだったでしょう。
観る前は単なるスポーツものだと思っていたので、個人的にはあまり食指が動かないジャンルだなあ、と。
しかし、観てその先入観は一転しました。
確かに、これはラグビーを題材にした映画ですが、そう言い切るには複雑に過ぎる問題を孕んでいます。
ラグビー自体よりも、ポリティクス。
政治と、変化のお話。
そのきっかけとなるべく選ばれたのが、ラグビーでした。
マンデラ大統領のもと、新たな始まりを告げたばかりの南アフリカで。
ラグビーを通して少しずつ変わっていく彼らの「祖国」の姿を見ながら。
わたしは、たくさんのことを、考えました。
祖国。
わたしは本当に、今自分が生きているこの国を、そう呼べるほどに愛しているだろうか。
そう問われたら、答えはNoのような気がします。
もちろん、生まれ育った国としての愛着はあるけれど、だからといって純粋に国のために何かをする、とは思わないし、思えないだろうな、と。
祖国という認識。
祖国に対する愛情。
祖国に抱く誇り。
そうしたものというのは、国があればそこに自然に発生するものではないのでしょう。
今のわたしに、そうしたものがないように。
確かに、オリンピックなどを観る時には自動的に日本人を応援するけれど、それは祖国に対する愛情に基づくものかと言われたら、なんだか違うもののような気がする。
むしろ、同じ日本人だという愛着から来るもので、その意識が国というレベルにまで発展していないと思う。
だから、考える。
もし仮に、この国に、もうひとつの違う人種が、住民として存在していたら。
もし、その異なるふたつの人種が平和に共存できず、格差や差別の渦中にあるとしたら。
果たして、同じ国の人間として、その人種を素直に応援することが出来るのだろうか、と。
日本のように、諸外国から完全に独立した領土と文化を持ち、構成民族も一つという国の方が、世界全体からしたら珍しい。
ただ、その恵まれた条件と引き替えに、わたしたちは様々なことについて考える機会を、失っているのかもしれない。
それが当たり前だと思っているから、自らの幸せにも不幸にも、気が付かない。
たとえば、歴史で必ず習う単語のひとつ、アパルトヘイト。
この映画の根底にある、撤回された後にも現実に深い痕跡を残している、前時代の人種隔離政策です。
そして、日本の学生にとっては、社会のテストの問題のひとつにしか過ぎないこの単語が、実際に南アフリカでどんな意味をもって、現実に作用しているのか。
…わたしたちは、ほんの少しでも、深く考えたことがあるだろうか。
教科書に書いてある以上のことを、知ろうとしたか。
わたしたちは、昔起こったこと、今も起こっていること、そしてこれから、世界で起こるであろう様々なことに、あまりにも無関心なのではないのか、と。
映画の中で起こった出来事以上に、多くのことを考えさせられました。
マンデラ大統領の穏やかな言葉の中にちりばめられたたくさんの些細なメッセージが、少しずつ、閉じていた目を開かせてくれたような気がします。
この場で表現しきれないことも、まだまだたくさんあります。
どうか、それは、劇場で観て、感じてみて下さい。
この映画は、何かが変わるためのきっかけとなりますから。
きっと。
先週に引き続き、映画の試写会に行ってきました。
今回当たったのはわたしじゃなくてケコたんなんですけど、当然のようにご一緒させてもらいました。
お陰様で、早くも今年3本目の映画鑑賞。
かなりのハイピッチだなあ…。
さらに言うと、実は来週も試写会なんですよね。またしてもケコたんが当てました。
そしてまた当然のようにわたしも行きます(笑)。
さて、それはともかく。
観には行ったけれどもブログに感想を挙げていない映画も結構あるので、映画自体は結構観に行っている方だとは思います。
ですが、特にこだわりのようなものはなく。
邦画・洋画問わず、ただ自分の感性に合うものだけを追い求めて観に行きます。
それだけに好みの傾向というか、ジャンルが偏っていて。
正直試写会でもなきゃ観に行かないだろうな、という作品も、たくさんあります。
そうした意味では、今回観させていただいた作品、「インビクタス」も、おそらくは今回の縁がなければ、一生観ないままだったでしょう。
観る前は単なるスポーツものだと思っていたので、個人的にはあまり食指が動かないジャンルだなあ、と。
しかし、観てその先入観は一転しました。
確かに、これはラグビーを題材にした映画ですが、そう言い切るには複雑に過ぎる問題を孕んでいます。
ラグビー自体よりも、ポリティクス。
政治と、変化のお話。
そのきっかけとなるべく選ばれたのが、ラグビーでした。
マンデラ大統領のもと、新たな始まりを告げたばかりの南アフリカで。
ラグビーを通して少しずつ変わっていく彼らの「祖国」の姿を見ながら。
わたしは、たくさんのことを、考えました。
祖国。
わたしは本当に、今自分が生きているこの国を、そう呼べるほどに愛しているだろうか。
そう問われたら、答えはNoのような気がします。
もちろん、生まれ育った国としての愛着はあるけれど、だからといって純粋に国のために何かをする、とは思わないし、思えないだろうな、と。
祖国という認識。
祖国に対する愛情。
祖国に抱く誇り。
そうしたものというのは、国があればそこに自然に発生するものではないのでしょう。
今のわたしに、そうしたものがないように。
確かに、オリンピックなどを観る時には自動的に日本人を応援するけれど、それは祖国に対する愛情に基づくものかと言われたら、なんだか違うもののような気がする。
むしろ、同じ日本人だという愛着から来るもので、その意識が国というレベルにまで発展していないと思う。
だから、考える。
もし仮に、この国に、もうひとつの違う人種が、住民として存在していたら。
もし、その異なるふたつの人種が平和に共存できず、格差や差別の渦中にあるとしたら。
果たして、同じ国の人間として、その人種を素直に応援することが出来るのだろうか、と。
日本のように、諸外国から完全に独立した領土と文化を持ち、構成民族も一つという国の方が、世界全体からしたら珍しい。
ただ、その恵まれた条件と引き替えに、わたしたちは様々なことについて考える機会を、失っているのかもしれない。
それが当たり前だと思っているから、自らの幸せにも不幸にも、気が付かない。
たとえば、歴史で必ず習う単語のひとつ、アパルトヘイト。
この映画の根底にある、撤回された後にも現実に深い痕跡を残している、前時代の人種隔離政策です。
そして、日本の学生にとっては、社会のテストの問題のひとつにしか過ぎないこの単語が、実際に南アフリカでどんな意味をもって、現実に作用しているのか。
…わたしたちは、ほんの少しでも、深く考えたことがあるだろうか。
教科書に書いてある以上のことを、知ろうとしたか。
わたしたちは、昔起こったこと、今も起こっていること、そしてこれから、世界で起こるであろう様々なことに、あまりにも無関心なのではないのか、と。
映画の中で起こった出来事以上に、多くのことを考えさせられました。
マンデラ大統領の穏やかな言葉の中にちりばめられたたくさんの些細なメッセージが、少しずつ、閉じていた目を開かせてくれたような気がします。
この場で表現しきれないことも、まだまだたくさんあります。
どうか、それは、劇場で観て、感じてみて下さい。
この映画は、何かが変わるためのきっかけとなりますから。
きっと。