今日は南スタンド初お目見えとなる浜名湖に行ってきましたー。
すごくキレイになってましたね。
でも、ますます、「鉄火場」って感じじゃなくなってきたなあ、と(笑)。
浜名湖はキレイで居心地いいから好きだけど、「金張りに来た」っていう、ある種の緊迫感にどことなく欠けるところがあるのは、ちょっと残念かも。
まあ、そうした趣を求めるなら蒲郡か常滑に行きますけどね。
わたしみたいな女性がそんなこと思うのは珍しいと思うんですけどね(笑)。
多分例外中の例外です。
…ただ、ちょっと気になったことがありまして。
1階のレース結果の一覧が、それまでのモノクロ掲示板からフルカラーのモニターに変わっていたんですけど。
お年を召した方には、ちょっとあのモニターは見にくいみたいですね。
ブツブツ文句言いながら、張りつくようにモニターに目を寄せて群がっているおじさま達がたくさんいて、なんだか気の毒でした。
…見慣れれば見やすくなるのかな。
たぶん、そんなことないんじゃないかなあ。
女性や子供、若い方は確かに増えていますし、そういう方にはあのモニターは見易くてわかりやすいかもしれませんが…。
公営ギャンブルの根底を本当に支えているのがどの世代なのか、というのを考えると、どうでしょうか…。
選手の追っ掛けで舟券を買わない女性や、子供の世話に追われる親子連れよりは、確実にそうした世代の方が、純粋なお客様としては多いのではないでしょうか?
だから、若い世代や女性に目を向けたサービスにばかり重点を置いて、見た目の華美さばかりを追求するのは、少し方向性が誤っているとも思いますね。
小さなことだと思われるかも知れませんが、「見えない」、もしくは「見にくい」って、結構重要だと思いますよ。
見えないというのは、認識できないということ。
知覚できず、情報として処理することができない。
そういうことです。
しかるべき情報がきちんと入ってこなければ、予想はできません。
競艇とは、そういうものではありませんかね。
そして、ひとつ、それを見ていて思い出したことがあって。
わたし、前に両親を競艇に連れてったことあるんですけど、その時、父に言われたんです。
「画面が何を書いてあるか、文字が小さいし、見にくくて、全然わからない。だから興味が持てない」って。
父も高齢だし、老眼や緑内障もあるので、まぁ、無理もないかな、と思いましたし。
でも、こうして、おじいちゃんたちにとって少しずつ不便なことが増えていくことは、彼らが競艇から遠ざかる遠因にもなりかねないかな、と思います。
今まで良かったものがいきなり変えられてしまうと、その変化に対応できなかった場合、なんだか疎外されているような気分になってしまって、居心地も悪くなってしまうんですよね。
…わたし、競艇場に来て、たくさんのおじいちゃんたちが元気に賭けてるのを見ると、なんとなく嬉しいんですよね。
なかなか暮らしにくい世の中で、元気でいられる場のひとつとして競艇場があるなら、それを奪わないであげてほしいな、と。
だからどうか、高齢の方の目線にも立った優しいサービスを、と。
それは掲示板を元に戻してほしい、とかそういう意味ではないのですけど。
…未来ばかりを追い求めて今を見失うのは、本末転倒ですからね。これは、そういうお話です。
もちろん、ホームプールがキレイになったことは、とても嬉しいです。
でも、何かが変わったことによって生じる陽の部分だけではなく、隠されてしまう陰の部分にも、あえて目を向ける勇気を、と。
そう願います。
話は変わって。
初日、12レース…。
…実は、みっくんが転覆したとき、わたし、目の前で見てたんです。
すごくびっくりして、もうレースどころじゃなくて…その後どうなったかは、全然見てなくて、知らないです…。
救助艇はすぐ帰っちゃったし、なんだかぐったりしていたようにも見えたし…。
心配で心配で、レース終わってもなかなか帰れなくて…。
職員さんひっ捕まえて安否をお聞きしようかと思ったくらいですが、なんか聞くのも怖くて、やめました。
でも、明日の出走表に名前があるのを見つけて…良かった、無事だったんだなって思って、そこで、やっと、心からホッとできました。
転覆自体は、今まで何回も目にしていますし、もちろん、珍しいことではないんですけど…。
でも…自分にとって特別な選手が目の前で転覆する、というのが、こんなにもダメージを与えるんだな…と思ったら、なんだか怖くなりました。
たとえ無事だとわかった今でも、あの時を思い出すとゾッとします。
スローモーションのように、ゆっくりと底をこちら側に向けながら回転した舟を、その描いた弧の軌跡まで、はっきりと覚えています…。
だって、本当に、目の前で見てたんです…。
無事に、何事もなく走ってくれるのが、どれだけ尊いことなのか。
改めて、思い知った気がします…。
どうか、事故なく、無事に、走ってほしいです。
…でも、たとえ、どんなレースをしても。
結果が、どんなことになってしまっても。
それが、一途に勝利を追い求めた結果であるのなら…。
…そう思う気持ちも、あります。少なからず。
それでも、どうか、怪我にだけは気を付けて…。
そう願うばかりです。
すごくキレイになってましたね。
でも、ますます、「鉄火場」って感じじゃなくなってきたなあ、と(笑)。
浜名湖はキレイで居心地いいから好きだけど、「金張りに来た」っていう、ある種の緊迫感にどことなく欠けるところがあるのは、ちょっと残念かも。
まあ、そうした趣を求めるなら蒲郡か常滑に行きますけどね。
わたしみたいな女性がそんなこと思うのは珍しいと思うんですけどね(笑)。
多分例外中の例外です。
…ただ、ちょっと気になったことがありまして。
1階のレース結果の一覧が、それまでのモノクロ掲示板からフルカラーのモニターに変わっていたんですけど。
お年を召した方には、ちょっとあのモニターは見にくいみたいですね。
ブツブツ文句言いながら、張りつくようにモニターに目を寄せて群がっているおじさま達がたくさんいて、なんだか気の毒でした。
…見慣れれば見やすくなるのかな。
たぶん、そんなことないんじゃないかなあ。
女性や子供、若い方は確かに増えていますし、そういう方にはあのモニターは見易くてわかりやすいかもしれませんが…。
公営ギャンブルの根底を本当に支えているのがどの世代なのか、というのを考えると、どうでしょうか…。
選手の追っ掛けで舟券を買わない女性や、子供の世話に追われる親子連れよりは、確実にそうした世代の方が、純粋なお客様としては多いのではないでしょうか?
だから、若い世代や女性に目を向けたサービスにばかり重点を置いて、見た目の華美さばかりを追求するのは、少し方向性が誤っているとも思いますね。
小さなことだと思われるかも知れませんが、「見えない」、もしくは「見にくい」って、結構重要だと思いますよ。
見えないというのは、認識できないということ。
知覚できず、情報として処理することができない。
そういうことです。
しかるべき情報がきちんと入ってこなければ、予想はできません。
競艇とは、そういうものではありませんかね。
そして、ひとつ、それを見ていて思い出したことがあって。
わたし、前に両親を競艇に連れてったことあるんですけど、その時、父に言われたんです。
「画面が何を書いてあるか、文字が小さいし、見にくくて、全然わからない。だから興味が持てない」って。
父も高齢だし、老眼や緑内障もあるので、まぁ、無理もないかな、と思いましたし。
でも、こうして、おじいちゃんたちにとって少しずつ不便なことが増えていくことは、彼らが競艇から遠ざかる遠因にもなりかねないかな、と思います。
今まで良かったものがいきなり変えられてしまうと、その変化に対応できなかった場合、なんだか疎外されているような気分になってしまって、居心地も悪くなってしまうんですよね。
…わたし、競艇場に来て、たくさんのおじいちゃんたちが元気に賭けてるのを見ると、なんとなく嬉しいんですよね。
なかなか暮らしにくい世の中で、元気でいられる場のひとつとして競艇場があるなら、それを奪わないであげてほしいな、と。
だからどうか、高齢の方の目線にも立った優しいサービスを、と。
それは掲示板を元に戻してほしい、とかそういう意味ではないのですけど。
…未来ばかりを追い求めて今を見失うのは、本末転倒ですからね。これは、そういうお話です。
もちろん、ホームプールがキレイになったことは、とても嬉しいです。
でも、何かが変わったことによって生じる陽の部分だけではなく、隠されてしまう陰の部分にも、あえて目を向ける勇気を、と。
そう願います。
話は変わって。
初日、12レース…。
…実は、みっくんが転覆したとき、わたし、目の前で見てたんです。
すごくびっくりして、もうレースどころじゃなくて…その後どうなったかは、全然見てなくて、知らないです…。
救助艇はすぐ帰っちゃったし、なんだかぐったりしていたようにも見えたし…。
心配で心配で、レース終わってもなかなか帰れなくて…。
職員さんひっ捕まえて安否をお聞きしようかと思ったくらいですが、なんか聞くのも怖くて、やめました。
でも、明日の出走表に名前があるのを見つけて…良かった、無事だったんだなって思って、そこで、やっと、心からホッとできました。
転覆自体は、今まで何回も目にしていますし、もちろん、珍しいことではないんですけど…。
でも…自分にとって特別な選手が目の前で転覆する、というのが、こんなにもダメージを与えるんだな…と思ったら、なんだか怖くなりました。
たとえ無事だとわかった今でも、あの時を思い出すとゾッとします。
スローモーションのように、ゆっくりと底をこちら側に向けながら回転した舟を、その描いた弧の軌跡まで、はっきりと覚えています…。
だって、本当に、目の前で見てたんです…。
無事に、何事もなく走ってくれるのが、どれだけ尊いことなのか。
改めて、思い知った気がします…。
どうか、事故なく、無事に、走ってほしいです。
…でも、たとえ、どんなレースをしても。
結果が、どんなことになってしまっても。
それが、一途に勝利を追い求めた結果であるのなら…。
…そう思う気持ちも、あります。少なからず。
それでも、どうか、怪我にだけは気を付けて…。
そう願うばかりです。