窓の外からあの歌の口笛が聞こえます。
お隣の坊っちゃんの仕業ですが、ぶっちゃけ上手いです。
てか、やけにアップテンポなのが笑える。
それにしても頭に残る魔性の歌だよね。
でも、映画は見ないな。
過剰宣伝はいい加減萎えるよ。少し前の某監督はほんとうにひどかったけど(笑)。
ネームバリューのある人なら、逆に宣伝を敢えて控えるのも手だと思うけどね。
多くの人々に期待されすぎても、作品の価値は簡単に暴落するよ。
大衆に対するわかりやすさとしての普遍性と、そうでない表現としての緻密な神秘性は、まったく同居しないから。

話は変わって。
アメブロ、ルームやら何やらリニューアルされたはいいけど、マイページは異常に重くなるし、なんかプロフィールも表に出すこと前提になってるし、ちょっとなんだか困った方向に迷走してますね。
ホントに出会い系じみてきた気がする。
正直、わたしは、ブログの母体が個人の情報公開を推奨するようなことには賛成できないです。
一応、私がここに載せてるのは自分で載せても大丈夫だと判断したことだし、最低限、個人情報には繋がらないレベルで押さえているつもりです。
とはいえ、競艇やってる以上は、ホームプールの場所から大体の居住地はどうしても割れてしまうので、そこは割り切っていますけど。だからといって明言はしませんし。
今現在、競艇場にいても、わたしを「テライミク」だと判別できる人はおそらくいないと思いますし、これからも誰かに自分の存在を明かすつもりはありません。
この姿勢がわたしを消極的な人間に見せているとしても、それはそれで構わないです。
しょせんはネットの上のこと。
「テライミク」は、確かにわたしではありますが、わたし自身のすべてではない。
わたしはネットではなく、わたしとして生きている現実の時間がいちばん大事。
そして、このブログは日常の楽しみのひとつに過ぎず、それ以上でも以下でもありません。
また、その楽しみ方を変える気もないです。

でも、子供やネット社会の本来の恐ろしさを知らない初心者は実に無邪気に簡単に、自分や家族、住んでる地域を特定できるような写真を載せたりします。
経営側としてそうしたことへの注意の喚起はないんでしょうか…。
いくら資本主義とはいえ、この姿勢で放置は疑問を感じます。
客観的に考えて、もし仮に誰かが誰かを殺傷しようとする場合、見知らぬまったくの他人よりは「顔は知っている」程度の他人の方が、その対象になりやすいと思うんです。
自分の知らないところで、自分の知らない誰かが、自分のことを知っている。住んでる場所を、家族の顔を、知っている。
今の世の中、こんなに怖いことはないです。
知らなければ、悪意の対象になることもまた、ありませんから。
その想像力が働かないならば、正直ネットをやる資格はないと思いますが、今現在のネット事情はそうしたリアルで曖昧な問題はまったくの放置で、各個人の裁量に委ねられている状態です。
ですが、そうしたことは空気で感じるものであり、誰にも言われなければ、まったく気付かないことでもあります。
…それこそ、被害にあう、そのときまで。
本当に、それでいいんでしょうかね…。
ひとりのネットサーファーとして、家庭を守る主婦として、現状を疑問に思います。


…と、まぁ、話は逸れましたが。
そういう自己防衛の問題以上に、本来わたしは好きなことを好きに表現したくてブログを始めました。
誰かの存在を気にして自分の表現をねじ曲げたり、「これについてを書かなくちゃいけない」という強制感(自分が勝手に感じてるだけなんですが)が嫌なので、誰かと積極的に繋がりを持ちに行くつもりはないです。
だから、アメブロがまったく使わない機能ばかりが充実していくことで、重く使いにくくなっていくのは少し辛いです。
しょせんは間借りしている身なので、最初は少しくらい使いにくくても文句はなかったんですけど。
でも、これから、だんだんひどくなってくなら、このままひっそりやっていくのにも弊害が出そうなので…。
ちょっと引っ越しを考えている、今日この頃です。


ちなみに。
こんな記事のあとで心苦しいのですが、瓜生さん、3連勝おめでと。
芦屋で強いと、なんだか嬉しいです。
このまま揺らがずに走り抜けてくれるなら…どんなにいいだろうと思うけれど。
でも、そんな重荷を頑張って持とうとしなくていい。
ただ、いつもと同じ気持ちで、自由に、走っていてくれるなら。
それだけで、十分です。
明日以降も、がんばれ。