2月も終わりに近づくと、すぐに始まる女子王座や総理杯に向けて、艇界はにわかに騒がしくなる。
なのに、私は、なんとなく気持ちが競艇に向かない日々。
住之江でG1やってるというのに、実はほとんど結果も見てない。
…たぶん、避けてるんだろうと思う。
無意識のうちに。
…住之江。太閤賞。
どうしても、思い出す。
太閤賞の最終日、結果を確認するために開いたオフィシャルサイトで、あのトピックを見つけてしまった瞬間のことを。
あの時のショックが、今もまだ、心を揺らすから。
これから毎年、こんな思いを抱えたまま、この時期を過ごすんだろう。
痛みは和らぐことはあるけど、消えることはなく。
…忘れることも、また、ない。

彼を初めて知ったのは、一昨年の浜名湖周年。
すっごくエンジンが出てて、軽快に乗り回してトップを独走してた。
けど、ふとした拍子に振り込んで、エンスト。
後続艇がすぐ後ろに迫ってたけど、それは当時ダービー獲りたての魚くんだったので、何事もなくひょいっと躱して、そのままゴール。彼は結局失格になった。
字で書くとあまり伝わらないけど、本当にすぐ後ろにいたから、危ないシーンではあったと思う。魚くんでなければ危なかったかもしれない。さすがだなと思いつつ、でも、こういう時、転がり込んできた勝利を手にした人より、思いがけない敗北に捕われた敗者の方に目が向いてしまう。悔しいだろうな…。そう思いながら、ずっと見てたのを覚えてる。
粗削りで、まだレース自体が若過ぎる。それが、第一印象。
でも、いつかきっと強くなる。そう信じた。

彼が目に留まった、というか気になったいちばんの要因は、年齢が近いこともあったけど、彼が福井の出身だったから、かもしれない。
私の父親がそっちの出身だから。三国のすぐ近くのメガネの産地。
だから、北陸の選手ってなんとなく、親しみというか、瓜生さんたちとは少し違う思い入れがあった。たぶん、その親しみは地元の選手に対するものと同じような種類のものだろうと思う。
押しも押されもしないほどに強くなるまで、気長に見守っていきたい。
そんなふうに、応援しようと思ってた。
そんな日々が、いきなり引き裂かれて終わった。

…実は、あの日の記憶は曖昧だ。
一部だけがスローモーションのように、くっきりと鮮明に覚えているけれど、その前後はあまり覚えていない。
覚えてるのは、友達に電話して、二人で泣いたこと。松井さんが優勝インタビューで、「我々選手は命をかけて走っている」と言ったこと。
そして、その言葉を聞いて、思ったこと。

命をかけて走っている…。
それは、とても尊いことだと思う。
でも、その命は、かならず誰かにとって大切な命。
ひとつしかない。誰も、代わりはきかない。決して、無為に失われてはならないもの。
だから、その大切なたったひとつを、必ず、家族のもとへ帰すために。
失われた過去は、帰らない。
だから、せめて、これから先は…。
もう、あんなふうに泣きたくはない。
誰も、あんなふうに泣かせたくはない。
そのために、何が出来るだろう。


もうすぐ1年…。
彼は今も、見守ってくれてるだろうか?
そして、それに見合うだけの努力が、そこにはあるだろうか?
その答えは、終わることのない迷路のように、ずっと探し続けなければならないものなのかもしれない。
それはとてもしんどいことかもしれないけれど、その部分に誠実になれない人間には、危険に満ちた水上を走ってほしくない。

今も、向こうで、彼が安らかに笑って見ていてくれることを信じたいから…。