今日は仕事が休みだったので、午前中に用事を済ませてお昼を友達と食べて、そのあと帰る前に本屋に寄って、マクールとボートボーイをゲット。
で、家に帰ってパラパラと読む。
今月のマクールインタビューは赤岩善生選手。
毎回けっこう楽しみにしてるんだよね、このインタビュー。

その選手が、どのような行動理論に則って、選手としての役割を果たそうとしているかは、レース前後に行われるインタビューや普段の言動で、なんとなくわかる。
ちなみに、選手の人間性の話ではなくて。そもそも普段の姿を知らない人間がどうこう言えることじゃないし。
これは、その人間が演じる、選手としての理想の話。
選手として何を良しとして何を悪しとするか、その規範の境目の在り方。
有体に言えば、職業意識という言葉がいちばんしっくり来る。
職業意識と言っても千差万別。個人によって高低差があるのは当然だけど、やはりその意識は、その人間の根底にあるもの。つまりは、言動にすべて現れるものということ。
だから、普段の言動をなんとなく見ているだけでも、その人の選手としての職業意識の形は朧気にでも察することができる。
…そこで、今回のインタビューに話が戻るわけだけど。


赤岩善生という選手に対して私が元々持っていた認識と、今回のインタビューで語られていた内容に大幅にズレがあるわけじゃなかった。
むしろぴったりしてて気持ち悪いくらい。
空手マンなのは知ってるし(確かに何者にも徒手空拳で挑んでいきそうな感じ)、何より己に厳しそうな人だなあとは思ってた。
見た目もあまりリップサービスとか出来そうに見えないし、周囲からもイメージ的にそれを望まれない。
最初の印象で全てが決められてしまって、いろいろ微妙な損をするタイプっぽいし、たぶん自分でもそれを分かっているのだと思う。
でも、彼は己を変えない。
己の立脚点は己にあることを、よく知っていて。
でも、人に頼ることを潔しとしないのではなく。
ただ、彼にとって、一人で立つことが、当たり前なのだと思う。
周囲がどんな状況でも、何を言っても、己を変えない。彼はなんでもないことのように述べていたけれど、…それは、本当にすごいことなんじゃないだろうかと思う。

なんとなく持っていたイメージを、くっきりと形をもって突き付けられたことになるけど、それで逆に驚いた。

選手が私傷病で帰郷すると、心配な反面、それとは別の部分でなんだか残念なような悲しいような不可思議な気持ちにかられることがある。帰郷するくらい体調が悪かったことを、そこで初めて、知らされることになるからだ。
でも、その一方で40度の熱が出ても点滴打ちながらでもレースに出る人もいるわけで。
…そして、それは同時に、私たちには、その事実が伝わらないということであって。
すべてが通り過ぎた後でこうした形で知らされるのは、なんだかとても悲しくもある。

彼にとっての当然が、他の人間の当然ではない。
私は、それでもいいと思う。
だが、彼の『当然』はとても尊い。

赤岩善生という選手が目指す理想は、遥かに高く遠くにある。
でも彼はたどり着くための努力を惜しまないし、それが当然なのだと思っている。
そんな人間がどこまで行けるのか。
彼が示す答えを見てみたい。そう思った。

今までの誰よりも、強く引き付けられる記事だったと思う。
彼自身の持つシャープなイメージと相まって、特に印象深い。
これから注目していく選手の一覧に、彼の名前を書き加えておこうっと。

…笹川賞、入れてあげたかったなあ…。