どぅもです。
最近、どうも毒っぽくなってしまっているのでお口直しに記しておくとともに戒めておきます。
日常の会話でも哲学・宗教的な話でも、度々「火」という言葉が出てきますね。
古来より、生命や精神を比喩する際には度々使われるのは皆さんもご存知かと思います。
命を燃やす。
心に火をつける。なんかは良く見ますね。
簡単な火自体の解釈は。光と熱を放ち、赤外線を放ちながらすす(炭素)が立ち上り、可燃物に広がっていく様。
確かに喩えたくもなるほど、精神構造に類似しています。
さぁ、話を選手に移して…やる気の炎は燃え盛っていますかね。
ひょっとしたらまだまだ湿気て点火すらしていなかったり、逆風により消えてしまった火もあるでしょうか。
順序として…
小さい頃は、ようやく着いた小さい火に手をくべて守り育ててあげる必要があります。
大きくなるにつれて、守っている手を離してやり、沢山の自然現象(酸素)に触れる機会を与えてあげないといけません。
消えかけた火には延焼させるキッカケを与えてやり、心の火を移していかなければなりません。
外から可燃物を与えすぎて、燃え尽きさせてはなりません。
大きくなりきった火は周りにも影響を与えながら、炎となって守護者も近づけなくなります。
時に熱をもらいながら、遠くから優しく見守りましょう。
書いていて改めて気がつきましたが、指導者も同じですね。
常に熱く燃えていられるメンタルが重要ですよね。
選手の湿気を乾かし、互いの熱を共有しながらも、燃え尽きないよう、火が弱くなってしまわぬように寄り添っていかなければと思います。
また火を具体的に表すのが難しい。
だいたいはわかるんだが、この現象を絵に描きにくい。そこも惹きつけられる要因かもしれません。
教育学者のこんな言葉を拾いました。
ではまた。
