エッセンシャル出版社のブログ

エッセンシャル出版社のブログ

本質を共にワクワクしながら探求し、共にワイワイと創造していく出版社です。主に育児・教育・子育てに役立つ内容をアップします。「今までにない新しい視点」の本、「自分と対話する」ための本、「人生が変わるきっかけ」としての本を生み出すことを目指しています!!

「検索しても出てこないもの」、「まだどこにも正解が用意されていないもの」、「よくわからないもの」に、価値がある!

 
 

「これ、なんだ?: ヘンテコ宇宙からやってきた不思議ないきものたち」(イワオタツユキ)

https://www.amazon.co.jp/dp/B0H2JNNPYS

 

 

「これ、なあに?」
子どもたちから毎日投げかけられるこの問いに、私たちはついつい、スマートフォンを片手に「正しい答え」を探して与えてしまってはいないでしょうか。

ボタン一つ、音声一つで、世界中のあらゆる情報やAIが瞬時に「正解らしきもの」を提案してくれる現代。一見、とても便利で豊かな時代に思えます。

しかし、誰もが簡単に「答えのようなもの」を手に入れられる時代だからこそ、本当に価値を持っていくのは、「検索しても出てこないもの」であり、「まだどこにも正解が用意されていないもの」ではないでしょうか。


■わかりやすい世界から、「よくわからない世界」へ

私たちが生きる社会は、効率やわかりやすさを重視するあまり、あらゆるものにラベル(名前)を貼り、意味を固定化しようとします。しかし、これからは、「誰もに共通する正解」が通用しない、予測困難なフェーズへと突入していきます。

だからこそ、これからの時代に求められる本当のセンスとは、効率よく答えにたどり着く力ではありません。

“まだ言葉になっていないものに意味を与え、よくわからないものに価値を感じ取れること”

「よくわからないこと」に出会ったとき、それを「つまらない」「意味がない」と切り捨てるのではなく、「なんだろう、これ?」と自分なりの意味を見つけ、答えを自ら探していく姿勢。それこそが、これからの世界を楽しんで生きていくための新しい創造力の源泉になります。

■人間は「遊び」を通して世界を創造する(ホモ・ルーデンスの再来)

オランダの歴史家ホイジンガは、人間を「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」と定義しました。文化も社会も、人間の根本にある「遊び」から生まれてきたという考え方です。

自動化や効率化をAIが担っていく時代、私たち人間は、改めてこの「遊びの価値」を再認識することになるでしょう。

遊びとは、決められたルールに従って、その範囲内で楽しむことだけではありません。
何もないところにルールを作り、名前のないものに言葉を与え、自分だけの視点で世界を新しく塗り替えていく——それ自体が、きわめて人間らしく、クリエイティブな「遊びの知性(ASOBI INTELLIGENCE)」なのです。

意味のないものに意味を見出す楽しさを知った子どもは、どんな時代が来ても、自分の手で自らの世界を面白く、豊かに創造していくことができるのです。

 

 

そんな「共通の正解のない時代」を生きる子どもたち(幼児から小学校低学年)に向けて、自発的な探究心と創造性を心地よく刺激するアート絵本です。

 

 

 

【絵本紹介】
「これ、なんだ?: ヘンテコ宇宙からやってきた不思議ないきものたち」(イワオタツユキ)

 

 

これ、なんだ?  ヘンテコ宇宙からやってきた不思議ないきものたち。

本をぐるぐる回して、じぶんで答えをつくるクリエイティブ絵本。

 

「こたえは、じぶんでつくるもの。せかいは、じぶんがつくるもの。」 

AI時代を生きる子どもたちへ贈る、正解のない「知性」を刺激する新感覚の体験型アート絵本!

 

「これ、なあに?」「これ、なんだろう?」

子どもが大好きなこの問いかけ、実は未来を生き抜く最高のパワー(創造力・探究心)の入り口です。

 

本書には、一般的な絵本のような「おきまりのストーリー」や「正しい答え」は用意されていません。

ページをめくると現れるのは、ヘンテコ宇宙からやってきた不思議ないきものたち。

どちらが右で左か、どっちが上で下かもわからない、自由でカラフルな世界が広がっています。

 

「これ、なんだ?」 「これ、なんじゃ?」

その問いかけに、決まった答えはありません。本をぐるぐる回して、自由な角度から眺めながら、子ども自身が「名前をつけたり」「これが何かを想像したり」することで、世界にひとつだけの物語が動き出します。

 

わかりやすいことよりも、「よくわからないこと」に価値がある

AIや検索エンジンが簡単に答えを提案してくれる現代だからこそ、“まだ言葉になっていないものに意味を与え、よくわからないものに価値を感じ取れること”が、未来を生きる子どもの一生の財産になるセンス(遊びの知性=ASOBI INTELLIGENCE)となります。

 

知育・創造力・アート教育の新しいカタチ

アーティスト・イワオタツユキが仕掛ける【ENTERTAINMENT × ART】の世界。

自分だけの視点を見つける 360度どこから見ても正解。視点によって姿を変えるアート。

意味をデザインする 「名前をつけてね!」の呼びかけに、子どもたちが自発的に答えを探し、物語を自らつくり出します。

 

注目される「ASOBI INTELLIGENCE(遊びの知性)」を育てる

いま、急速に進歩するAI時代において、人間に最も必要とされるのは「みずから問いを立て、創造する力」です。

本書は、人間が本来持っている「遊びの知性(内在AI)」を心地よく刺激し、活性化させるためにデザインされています。

 

幼児から小学校低学年まで、長く深く楽しめる仕掛け

みる圧倒的な色彩と、見る向きによって姿を変える不思議なアート。

まわす360度どこから見ても新しい発見がある仕掛け。

つくる自分で名前や役割を考えることで、主体性と探究心が自然と身につきます。

 

【この絵本の特徴】

上下左右がない!?どっちが上で下かもわからない不思議ないきものがいっぱい。向きを変えるたびに、違うものに見えてくるから不思議!

正解はひとつじゃない答えはありません。ルールもありません。「名前をつけてね!」の呼びかけに、子どもたちの自由なひらめきが爆発します。

「遊びの知性(ASOBI INTELLIGENCE)」が目覚める与えられた答えを覚えるのではなく、自分だけの答えを「つくり出す」ことで、AI時代に必要な「内在AI」を育みます。

 

【この絵本が育む、これからの時代のセンス】

名もないものに言葉を与える正解のないヘンテコないきものたちに、自分だけの視点で名前や意味をつけていきます。

「よくわからない」を面白がるわかりやすい結果だけを求めるのではなく、よくわからないものに自分なりの価値を感じ取る、深い探究心を育てます。

内在AI(遊びの知性)の活性化人間に本来備わっている「ASOBI INTELLIGENCE」を刺激し、主体的に生きる力を引き出します。

 

【こんな方におすすめです】

子どもの自由な想像力やクリエイティビティを伸ばしたい

親子で会話が弾む、コミュニケーション型の絵本を探している

ただ読むだけでなく、五感を使って遊べる本をプレゼントしたい

 

「こたえは、じぶんでつくるもの」

この本を開いた瞬間から、お子様は小さなクリエイターになります。

 

デジタル画面を見るだけでは得られない、五感と想像力をフルに使う読書体験を、ぜひ親子で一緒に「ぐるぐる」回しながら楽しんでください!

 

 

 

 

著者プロフィール:

イワオタツユキ(tatsuyuki iwao

ユニークでユニバーサルなコンセプト【UNICEPT】を探求し、目に見えない世界を五感の体験へと変えるアーティスト。

アートとエンターテインメントを融合させた【ENTERARTMENT 】の表現を通じて、個々人の創造性や眠っている感性を心地よく刺激するクリエイティブ活動を多数展開中。

「こたえはじぶんでつくるもの、せかいはあなたがつくるもの」をテーマにした作品群を発信中。

誰もに共通する正解のないこれからの時代に向け、子どもたちが「名もないものに言葉を与え、自分だけの視点を見つける」ための知育教育・アート教育のあり方を探究中。

急速にAI化が進み、検索すればすぐに答えが提案される現代において、人間が本来備えている「遊びの知性(ASOBI INTELLIGENCE)」を呼び覚ますことの重要性を提唱中。

「この世界は私たちが思うよりずっとファンタジーに満ちている」というコンセプトのもと、視覚では捉えきれない宇宙のエネルギーや森羅万象の響きを、誰もが体験できるアートや言葉へと再編集中。

 

著者サイト:

www.unicept.jp

 

 

 

 

 

ウチの奥様は、パンダ仙人である。


もう早20年、妻と一緒に暮らしているが、最初はそのことに気がつきはしなかった。少しエキセントリックで、ぶっ飛んでいる、規格外の女性だとは感じていたが、どちらかと言うと「鬼嫁」の部類に入る人だと思っていた。
 
とにかくわがまま。よく言えば、わが道をバカ正直に歩んでいる尊敬すべき人物。悪く言えば、人の気持ちもわからず、わかろうとすることもせず、ただただ、自分の正しさに忠実に、のほほんと毎日を生きている社会不適合者。
 
ほとんど外に出かけず、家の中だけで全く困らないらしい。

「全て必要なことは現れるから、あえて外に出る必要を感じない」


と嘯く。
とにかく非常に合理的なのだ。
 
ある意味、パンダである。
パンダは、毎日ゴロゴロしているだけだが、それだけでみんなが喜ぶ。
特に愛想を振りまくわけでもないのに、みんなが満足する。
 
ウチの妻も、基本、毎日、家でゴロゴロしている。テレビを見て、テレビに話しかけ、インターネットをネットサーフィンしては様々な情報を仕入れ、買いたいものは楽天やメルカリで詳細に調べまくっている。世の中にはほとんど貢献していないようだが、

「あー、今日もたくさん仕事した」

と、堂々と言い張る。
 
時に、私が仕事のこと、社会のこと、人間関係のことをポロッともらすと、明確に意見をゆらぎなく主張する。

「そのプロジェクトはうまくいかないわ。軸がないから」「その人は全く全体性が見えていない。だから長続きしないわね」


一刀両断。容赦がないのである。
 
私が熱心に野球やサッカーのテレビ中継を見ていると、スポーツもオリンピックも全く興味がなく、ほとんど何も知らないのに、

「この選手は、レギュラー取れないね」「そのやり方だと、選手は伸びないわ」

など、選手状況や球団事情を的確に解説する。

「なんで、わかるの?」
「あ、やっぱり、そうなの。直感でわかるわよ、そんなの」


この人は、一体、どの次元で生きているんだろう?
不思議に思って聞いてみた。
 
「ねえねえ、人はどのくらいの次元まで認識することができると思う?」
「まあ、普通の人は3次元、4次元だけど、ほとんどの人は、実は、2次元で生きているね。1次元くらいの人も結構いる。バカじゃないの」
「ちなみに、パンダ仙人は何次元まで理解してるの?」
「私は20次元まではわかるわ。だから、毎日、大変なのよ。色々な次元に行ったり来たりしなくちゃいけないから。あー、生きるって大変。早くお迎え来ないかな」
 
そんな、うちに棲息する不思議なバンダ仙人の生態を観察する記録である。
 


つづく。

その情報は「宝」か「ゴミ」か。

そもそも、「フェイク」とはなんなのか?

AI時代こそ求められる自分自身との対話

 

 

 

AI時代の到来は、私たちに「理性とは何か」「霊性(スピリチュアリティ)とは何か」という問いを、かつてない切実さで突きつけています。

 

物質的な探求が極まるほどに、その対極にある目に見えない領域の価値が浮き彫りになっていく…そんなパラドックスの中に、私たちは立っています。

 

そして、情報が光の速さで駆け巡り、AIが瞬時に答えを導き出す今、私たちはある一つの真理に立ち返らざるを得ません。
それは、いかなる高度な情報も、それを受け取る個人の「器」や「感性」という編集フィルターを通らなければ、真の価値を持ち得ないということです。

 

 

物質と霊性を「複素数」で読み解く

 

私たちはこれまで、目に見える「実数(物質的現実)」の世界に重きを置いてきました。

私たちが生きるこの物理世界を「実数(実時間)」とするならば、霊性や意識の領域は「虚数(虚時間)」と言えるかもしれません。

この二つが組み合わさった「複素数」として世界を捉えるとき、私たちの認識は、直線的な時間軸から「循環的な空間意識」へと大きくシフトします。

日常という「実時間」の裏側には、目に見えない「虚数・虚時間」の領域が広がっています。それは、論理や記号だけでは割り切れない、直感や霊性が司る循環的な空間意識です。

 

 

情報を「宝」に変えるのは、あなたの「器」

 

AIは、文字情報という記号をベースに構築されています。しかし、どんなにAIが高度な情報を出力したとしても、結局のところ、いかなる情報も、

その記号の背後にある「暗号」を解読し、そこに意味を見出す力——すなわち個人の「編集力」や「解釈力」、「受容力」が、そのまま世界の豊かさを決定づけるのです。

 

つまり、情報やメッセージの価値とは、受け取る個人の「読解力」「暗号解読力」「感性」「器」「受容力」に依存しているのです。

 

どんなに豊潤なエッセンスを含んだ情報であっても、それを受け取る側の身体的な「感性」が閉じていれば、情報は「ゴミ」や「闇」へと姿を変えてしまいます。
逆に、自らの器を磨き、感性を研ぎ澄ましていれば、些細な日常の風景からも「宝」や「光」を見出すことができる。

だからこそ、自分自身との対話——すなわち、自分の身体が何を感じ、どう反応しているかを見つめる作業が不可欠なのです。

 

ここで重要になるのが、AIには決して持ち得ない「身体性」という切り口です。
直感や霊性を高める技術とは、突き詰めれば「身体性」を入り口にして、自らの直感・霊性を深めていくこと。

記号化された情報を受け取る際、私たちの肉体という「器」がどれほど微細な違和感や共鳴を感じ取れるか。

その身体的感度こそが、虚時間な次元へのアクセスポイントとなるのです。

 

 

「フェイク」という問いが照らし出す真実

 

昨今、フェイクニュースやAI生成画像が溢れる中で、「何が真実か?」という議論が盛んです。しかし、もはや問いの本質はそこにはありません。

「そもそもフェイクとは何なのか?」という、さらに深い次元の命題に直面しています。

 

この命題が突きつけるのは、私たちが信じている「現実」そのものが、個々の編集能力によって生み出された一つの解釈に過ぎないという可能性です。
外側の情報に惑わされるのではなく、自らの内なる羅針盤を磨き、多次元的な視点で世界を再編集し直していく。

今、人類にはそのような「編集の霊性」が求められているのではないでしょうか。

 

何が本物で、何が偽物か。
その境界線が揺らぐ中で、私たちは外側の事象に正解を求めるのではなく、外側に溢れる情報の正誤に一喜一憂するのでもなく、自らの「身体感覚」と内なる「編集能力」を羅針盤として、私たちが生きている多次元的なこの宇宙を自ら編み直していく。

編集とは、単に情報を整理することではありません。記号の海を泳ぎながら、生命と言葉と次元を統合し、その奥底にある霊性を手繰り寄せる。
誰もが知らず知らずのうちに日常的に行なっている「編集」という機能とは、実は、極めて霊的な行為でもあるのです。


身体という唯一無二のフィルターを通じ、記号の背後にある、自分だけの「真実」を編み上げる。
情報の波に呑まれるのではなく、その波を、自らの「感性」で編み直していく。


ひとりひとりにデフォルトで埋蔵されている「編集の霊性」を高めていくことこそが、これからの時代を生きる私たちの新たな可能性となるはずです。

 

 

■「SHARTMAN EDITING」

 

https://www.amazon.co.jp/dp/B0G3PXBQX3

 

【書籍紹介】

『SHARTMAN EDITING』

著者:Tatsuyuki Iwao

 

編集とは、生命を編むこと。新時代の「SHARTMAN」という生き方

 

次元編集の奥義へ──編集者=シャーマン。言葉を織り、宇宙を編む。

 

本書『SHARTMAN EDITING』は、Tatsuyuki Iwaoによる編集思想のビジュアルブックです。

“シャーマン(Shaman)×アート(Art)×アートマン(Artman)”のハイブリッド的な存在=SHARTMAN(シャートマン)が、現代日本語の深層に眠る“編集の霊性”を掘り起こします。

 

編集とは、「集めて、編む」──すなわち、生命と言葉と次元の統合行為である。

 

本書は、古代より埋蔵されてきた「言語エネルギー」と「象徴編集術」の系譜を感じながら、独自に構築された“次元編集曼荼羅(Dimensional Editing Mandala)”によって、読者自身の感性と創造力を拡張するための装置です。

 

アーティスト、編集者、そして自らの人生を能動的に編み上げようとするすべての旅人たちへ。

あなたの「編集」という定義を根底から覆し、新たな宇宙を開く鍵を、ぜひ本書で見つけてください。