えっせの自分探し -25ページ目

えっせの自分探し

日々の出来事、

好きなもの、

きらいなもの、

熱中してること

などなど、好きなことを書きなぐってマス!

最近、よく見る夢のお話



なぜか、夢に出てくるのは

「元夫・タカシ」

なのさっ


そして、彼は新しい奥様ゆみこさんと楽しく新婚生活を送っているわけよ


そして・・・・

無残に捨てられた寂しい私


・・・の図が、勝手に私の中に出来上がっているようで



起きてみて、冷静に考えて思うのは

決して私の生活は寂しいものなんかじゃなくって


今、元夫がどこで何をしているのか、生きているのか死んでいるのか知らないけれど


もともと住んでいた家を1年近くもそのままにしておいて

私が使っていた冷蔵庫を、ゆみこさんのためにとっておくなんて


私だったら、耐えられないと思う


そんな無駄なお金を使っているなんて


私に向かって「おまえは将来のことを考えていない」と罵声を浴びせてくれたけれど

将来を考えていないのは、どちら様ですか???



ああ、気持ち悪い


なんで、もう関わりたくない人のことを思い出すのかな・・・と、考えてみたけれど

私はまだ正式に離婚して1年経ってない


そして、この1年で、かなり立ち直ってきている


離婚してしばらくは、眠れなかった

その時はなぜ眠れないのかわからなかったけれど、今になって思うのは「寂しかったんだな」って

たくさん薬を飲んで、ようやく眠れた


今は、何も薬なんて飲まなくても、ぐっすり眠れる

嫌な夢を見た後でも、眠れてしまうの


「時」は、どんな傷でも癒してくれるみたい


たとえあちら様が、どんなに幸せな家庭を築こうとも・・・

それは、私が望まなかった幸せ

子供を3人も中絶した人とでなければ、彼は築けなかった幸せ

1人も子供を宿したことのない私では無理


最近になって、初めて子供を「愛おしい」と思った

私はずっとこんな気持ちを持てなかったけれど

それは私が欠陥品なのではなくて、めぐり合う人を間違っていたのかな・・・と思えてきた



離婚をして、死ぬほど辛い思いを味わっている方へ


絶対に、あなたは幸せになれます


「時間」がゆっくり、あなたらしい本当のあなたを、癒してくれます

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一週間、沖縄でスキューバダイビング漬けになっておったワタクシめであります

海はやっぱり美しかった(o^-’)b

さあ、また次のダイビングの為に働くとしますか~


ANAで行ってきたんだけど、飛行機の中で騒がしいオジサンがひとりいて…
ずっと喋りっぱなしだったんだけど、羽田に着陸して、まわりの飛行機をみまわして一言
「なんだ、最近はANAばっかりで、JALなんかほとんどいねぇなぁ!」

ほとんど、っつーか、一機もいないでしょ

だってここは、第2旅客ターミナルですもん
おじさん、あんまり大声でしゃべってると、無知がバレますわよ(笑)

「人と同じ」を目指してきたワタクシめですが


(だってそのほうが、日本の女性社会では生きやすいでしょ?

人と同じように、なるべく目立たないように、って育てられてきてるからね。協調性を一番に重んじる日本社会。女は男の三歩後ろを歩けって?私は1人で歩くんじゃ)


ある医師に言われたわ

「キミはそう見えて、かなり個性的だからねぇ。なかなかキミを狙う人はいないでしょ」

おーい。

女は男のために個性を殺さないと、誰にも狙われない(養ってもらえない)ってことかぁい?そりゃ、そーだろーさ。けど、あたしゃ、別に誰にも養ってもらおうとは思ってないって。


考え方、古いよ、アナタ。


そもそも、養ってもらうつもりはこれっぽちもないっつーの。あー、やだやだ。ダンナの愚痴ばっか言って、家のことやってるなんて。私には向いてない。


あ、でも、人間向き不向きがあるのは充分わかってるので、家庭に入って、温かい生活を送っていくのに向いている女性もたくさんいらっしゃることと思います。


ただ、私には「向かない」だけ。


自分のことをよくわかった上で行動してるだけなのに、なぁにが「個性的」じゃ。




日常のありきたりな生活をしていても、たまにこちらが言った事、取った態度なんかを、こちらが意図していない方向にとらえていく人がいる。

なにせこっちは、そんな心積もりはないものだから、勝手にとらえられていく「私」にびっくりしたりする。


もっと驚きがつまっているのが、この「ブログの世界」

ま、文字だけで全てを伝えよう、というのがそもそも無理なことなのかもしれないけれど、こちらが言いたいことが全く伝わらなかったりする。それは、悪いことなんかじゃなくて、とても興味深いことだと気がついた。


それぞれの人の経験してきたことや、固定観念、その時のこころの状態で、こちらが発信している言葉を、勝手に変換する。もしくは、自分の都合のいいところだけを受け取る。たまに怖いほどに。


私のブログは、もともとがネガティブなところからスタートしているので、仕方のない側面もあるのだが、私が幸せなことを書くと「あなたはいいわよね。一人で使えるお金があって」といった具合でコメントが返ってくる。辛いこと、不幸なことを書くと「わかる!わかる!でも、あなたはまだいいほうよ」とくる。


私は日々あったことを書いているだけでも、勝手に解釈されている。

最近強く感じるようになったのは、皆、自分よりも「かわいそうな人」を探しているんじゃないのか?ということ。自分と同等か、もっとかわいそう、と自分で勝手に決め付けた人のブログを読んでいるんじゃなかろうか。そして勝手に安心している。


「この人は私よりかわいそうな子」と決め付けられた私が、楽しそうなブログを書いていても、その行間から無理矢理不幸の影を探し出そうとする。探せない場合は「あなたはいいわよね」と突き放され、嫉妬される。なんだかとても不思議な世界。嫉妬している暇があるなら、もっと自分の生活を見直してみればいいのに。私だって、暗いところだけ見ていれば暗い生活になるけど、そこばっかり見ていても仕方ないと思って、見方を変えているのに。


確かに私は配偶者がいない分、自分で稼いだものは自分の思うとおりに使えるけれど、逆に言えば自分で稼げなくなったら餓死まっしぐらということ。給料を好き勝手に使えていいわよね、と勝手に羨むのならば、やってみればいいのだ。「私には子供もいるし、手に資格もないし、そんなことできないわ」と言って、不平不満だらけの配偶者の影に隠れていないで、自分が表に立って自分は自分の看板をひっさげて、歩んでみればいいのだ。


配偶者の影に隠れている辛さもあるだろうが、自分の道を自分で切り開いていくのだって辛いこともある。ブログの世界はまさに「となりの芝生は青い」世界だとつくづく思う。全てを自分の杓子定規で測ってしまうのではなく、少しでいいから想像力を働かせて欲しい。


顔がみえないブログだからこそ、「全てのことは、その人独自のフィルターを一度通ってから、判断される」とよく分かる。ということは、実生活でも、あれこれ色々と言う人もいるが、それはその人がその人の価値観で勝手に判断していることであって、他人が私につける価値観はあまり意味がないのだ。一番大切なのは、自分が自分にどんな価値をつけるかということ。

いくつになっても、かわいい人はかわいいっ


私もかわいい日記書きたい・・・なんて思わせてくれる


料理もちゃんと作らなくちゃ、とか

広い部屋に住むには、もう少し人生がんばらなくちゃ、とか


いろいろ

いろいろ