心理学の勉強からしばらくはなれていたのですが
(1年ほど)
またはじめてみました。
なぜ休んでいたのか?
そして
なぜまたはじめようと思ったのか?
みなさんに聞かれるのですが
正直
そんなに「これだ!」っていう理由がなく・・・
ただ、知識だけが頭に入ってくる感じだったから
・・・・という理由で一旦、勉強をやめてみようと思いました。
はじめた理由は
勉強を続けないと、楽なほうへ
楽なほうへと流れてしまうから。
(決して楽ではないんだけど
今まで続けていたものの考え方などを
続けたほうが、楽だと感じてしまう。
変化するのは大変だから)
で、課題でいろんな本を読むのですが
久々に本読んで泣きました
たまたま私が手にした本に
フォーカシングについて書いてあって。
前回私が書いた「ヒプノ」についてのセラピーは
フォーカシングの技術がたくさん
使われていた気がします。
もっと勉強しないと、違いがなんなのかは
よくわかりませんが・・・
パーツに話しかける、というのは
フォーカシングなのでは?と思います。
本を読んで泣いたのは
ようやくやっと、私自身が好きで生まれてきたんだと
気がついたからです。
よくスピリチュアル系の本に書いてあるでしょ?
「あなたは、あなたの意志(もしくは、本によっては魂の試練とか)
によって、この世に生まれたのです。
親もあなたが、この親だ!と、選んで生まれてきたのです」
とかって、ね。
それが理解できなかったんです。
だって
私のお得意分野の生物学では
親がすることしたから子が出来る、ってだけの話で。
むしろ
「なんで私なんかを産みおった?!」
と恨みがましく思っていたのです。
「十分な愛情をかけられないなら
産んでくれるなよ」
と。
でも本を読んでいくうちに
おなかにストン、と落ちていく感覚でした。
もちろん前後の文章があって、理解が深まったわけですが。
確かに
あの親なしには、私は私でないんです。
母親が父親の愛を充分に感じられず
子離れできず
不幸な顔をしているような
あの家庭でなければ、今の私はないんです。
そしてここまで順調に「必要なものは与えられ」ていると
いろいろ感じた思いも
この経験も
私に必要なものだったんだな、と思います。
私に必要だったから
私はあの親を選んで生まれてきたんだ、と。
ぼろぼろ
涙がこぼれました。
そしてこの本には
私が同意できることもたくさん書かれていて。
私
「自分を認めて、ほめろ!」系のワークとか
すごい苦手なんです。
例えば、毎朝鏡を見て
「あなたはなんでもできる!」
って話しかけ続けると、いつのまにかそれが自信になる、とか
毎日、その日できたことを書いて
「こんなに私はいろいろとやっている!」と自覚する、とか。
もちろんこれで、自信を自覚する方もいるのでしょうが
どうも、私は好きじゃなかったし
やったこともありますが
長続きしなかったのです。
そしたらこの本には
「そういうことをしていると、確かに自分ができていることを
見つめなおすいいチャンスにはなるけれど
ナルシシズムをどんどん成長させる結果にもなる」
と書いてあって。
このように、外側からの声を自分に届ける(言い聞かせる)
のもいいけれど
自分の中の声に耳を貸すこともよい、って。
(パーツに話しかけるのが、これに含まれる)
やっぱりなー。
と思いました。
私は外から励まし続けるより
内側の声を聴くほうがあっているみたいです。