季節柄、少しだけ年賀状じまいについて考えてみます。
昭和世代のおじさんだからか、それとも「古きよき日本文化」をわりと本気で大事にしてきたせいか、これまで私は、なるべく年賀状じまいをしないようにしてきました。
ところが今年は、どうにも気持ちがゆるい。
抵抗感が、ふっと薄れている自分がいます。
理由は、まあ分かりやすい。
年賀状の発行枚数・配達数は、年々右肩下がり。2026年用は過去最低を更新し、前年比3割減の約7.5億枚。ピークだった2004年の、実に6分の1だそうです。
元日の配達数も減り続け、2026年元日は3.6億通。これで17年連続の減少。
今年は日の並びも悪く、
1月2日以降は配達もなく、そのまま1月5日の仕事始め。「正月が静かにフェードアウトしていく感じ」が、妙に象徴的でした。
私が小学生の頃は、
「プリントゴッコ」
今なら絶対ヒットしなさそうなおもちゃで年賀状を作るのが楽しみでした。
分かる人には分かると思いますが、インクで手が真っ黒になりながら、ピカッと光らせ、「これぞ正月準備」という謎の高揚感がありました。
私の父親世代になると、
年賀状が100枚、200枚届くのも珍しくなかった記憶があります。
それが今や、
年賀状は出さず、LINEやSNSで「今年もよろしく!」が当たり前。
墓じまい、実家じまい、帰省じまい。
気づけば、日本中がいろんなものを“しまい”始めています。
古いものがなくなるのは、新しいものが生まれている証拠でもあります。
一方で、
日本らしさや、独特の文化が少しずつ薄れているのも、やはり事実でしょう。
会社では、
半径5メートル以内に座っているのに、
メールやチャットで連絡してくる若者が珍しくありません。
また少し話はそれますが、
最近、新幹線の座席にペットをゲージから出して横に座らせている一般人の画像を、芸能人がSNSに投稿して小さな話題になっていました。
私が真っ先に思ったのは、
「それ、アップする前に自分で注意するか、車掌に言わないの?」
正義を“投稿”する時代になり、
注意は画面越し、共感は「いいね」で済ませる。
便利だけれど、どこか人間関係が薄く、遠回りになっている気もします。
これからますます、AIが進化し、タイパが重視され、「効率の悪いこと」は切り捨てられていくでしょう。
でも、人と人とのコミュニケーションまで効率化しすぎてしまったら、
少し寂しい。
年賀状じまいそのものが悪いわけではありません。
私自身、今年は正直、かなり心が揺れています。
ただ、何をやめるか、と同時に何を残すか、、(ちょっとビジネススクールっぽい・・・)
それだけは、少し考えていたい。
そんな年の始まりです。