今日は寄付について少し考えたいと思います。

 

昨日、2022年に亡くなった73歳の女性開業医が、約5億円の遺産を「日本ユニセフ協会」や「国境なき医師団日本」などに寄付した、というニュースを目にしました。

 

素直に、素晴らしい行動だと思いました。

 

一方で、少し引っかかりました。「これがニュースになる」という事実です。

 

海外に目を向けると、風景は少し違います。
元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグは、ジョンズ・ホプキンス大学に約10億ドル(1,500億円超)を寄付し、学生の授業料や生活費の負担軽減に充てられました。こうした大型寄付は珍しい話ではなく、大学や医療機関に資金が還流する仕組みが社会の中に根付いています。

 

もちろん、規模の違いだけを比較するつもりはありません。

 

ただ、日本では寄付が「特別な善行」として扱われがちで、日常の選択としてはあまり浸透していないように感じます。

 

背景には宗教観や文化の違いもあるのでしょう。

 

それでも、もう少し自然に広がってもいいのではないかと思うのです。

 

私自身も、できる範囲でこども食堂への寄付や災害ボランティアに参加することがあります。正直に言えば自己満足です。それでも「何もしないよりはいい」と思っています。年を取ってから特に強く感じるのは、子どもたちは日本の未来だということです。

 

一方で、日本には100兆円規模のタンス預金があるとも言われています。

 

お金はあるのに、社会に回らない。

 

同時に、国立大学病院や多くの医療機関が赤字に苦しんでいるという現実もあります。

 

このギャップは、少し歪です。

 

例えば、医師が出身大学に寄付をする。あるいは、治療を受けた患者が医療機関に還元する。「ふるさと納税」がこれだけ広がっているのですから、全く不可能な話ではないはずです。

 

もちろん、制度の問題もあるでしょう。一方で、この状況を長年放置してきた国(厚労省)や行政の責任は小さくないですし、医療機関側の経営意識にも課題はあるでしょう。

 

ただ、それをすべて外部の問題として片付けてしまうと、何も変わらない。

 

むしろ、個人でできることは意外と多いのではないかと思います。

 

例えば、本当に必要な通院なのかを少しだけ考える。軽症であれば、過度に医療に依存しない。それだけでも、医療資源の使われ方は変わってくるはずです。

 

寄付というと、大きな金額や特別な人の行為に見えますが、

 

本質はもっとシンプルで、

「自分の持っているものを、少しだけ社会に戻す」ということだと思います。今回の5億円の寄付は、紛れもなく崇高な行為です。

 

ただ本来は、こうした寄付が特別なニュースとして扱われるのではなく、当たり前の出来事として静かに社会に溶け込んでいく。
そんな風景が、いつか日本でも普通になることを切に願っています。