~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
Vol.5-②
谷警部が話してくれたのは、主に黒田玲苑の音楽活動のスタッフや、チーム周りの聞き込み情報だった。
エージェント事務所であり、育てた養成所でもある〈タナベ・カンパニー〉に連絡を取り、今は統括マネージャーと成った佐々木も、警察には情報を開示しないわけには行かなくなった。
訪れた〈タナベ・カンパニー〉自社ビルの、小会議室に通された。別室にはイベンター〈サウンド・ガレージ〉の黒田担当、鈴木が待機していた。
供述をあとですり合わせたりしないように、前準備無しに訊き出すためだ。
一度に済まそうという横着ではなかろうか、と耳を傾けているオレ小嶋雅哉だったら思われるかもしれないが。
谷警部は神田君が階下から運んで来たコーヒーには手を付けず、まず、統括マネージャーとの会話から得た情報を、要約して語ってくれた。
「佐々木は、被害者の河隅美咲さんは昔の黒田玲苑の彼女だったと、言ったんだ。黒田のアプローチに協力もして、美咲さん自身もホテルウーマンの仕事を離れて逢いに来ていた、と。
けれども、本格的に向かい合おうとして、3年先まで決まってるスケジュールの後は、しっかりセーブしてるから美咲さんもホテルサービスの仕事を辞めて、黒田の計画に合わせて欲しいと本人が伝えた。
ところが、その日がキッカケで、本業のスノーボード選手としてもホテルでの任されてる立ち位置も捨てるほどには、自分は黒田と生きようとはしていない、と別れを切り出した。
その後も黒田は音楽に従事していたが、以降はやる気の無いままこなしてる態度に変わっていった。相変わらず人気は継続している分だけ、プライべートが相当荒れ出し始めたんだそうだ」
「そうですか。気持ちは分からなくもないけど、美咲さんの見解は、違っていましたよ。
黒田の仕事が多忙過ぎて、その合間に思い込みの激しい黒田に断り切れず何度か会う事はしたが、彼女という認識はなかった。
結婚を目指して繋がりを持っている、恋人は他に居るんです。その彼はお互いの仕事に励む姿を支えや糧にして、事件当日も彼に連絡を取ったからこそ、スノボのメーカーの計らいで、京都の病院に移って回復して、仕事も再開に向かえるんだと、美咲さん自身が語りました。
どんなに有名なアーティストやセレブだろうと、幼馴染のような二人の歴史には敵わないって事です」
「そうかもしれんな」と言って、谷警部は少し冷めかけたコーヒーをひと口ふた口味わった。
「君のな、小嶋さんの親の世代は多分〈昭和ひとケタ〉くらいだろう❔」
オレは深く頷いた。
「俺は、その後の学生運動やった世代の最後尾くらいだ。
美味いもん食って上等な服着て、女が不自由せずにニコニコしてて車持ってて、、、それが幸せの象徴だと頑張って来た世代にな、反抗したが夢破れて、結局同じ価値観を生きざるを得なかった。反戦ソングなんてもの『いちご白書』とか、知ってるか❔
君らはな、彼らと違う価値観に幸せを感じる事を、素直に言える世代なんだな。もっと下は知らんけどな。
〈永久就職〉なんて、結婚にも会社にも当てはまらん世の中だ。俺たち世代に依存もしないし、ムキになって押さえつけようとすると、茶化して交わすんだ。その間にしっかり実務的な事は牛耳ってる。イクメンとか彼女を見守るとかが、自分の仕事の糧にもなるなんてな」
ひと息入れてから、穏やかにくつろいだ笑顔を見せた、谷警部。オレは初めてこの男の笑顔を見つけた。都内の法律事務所に勤めてた時だって、何度か関わったがいつも眉間にしわ寄せて斜に構えてるヒトだった。疑ってかかる事が当たり前の対応だった。腹を割ってくれたのかなと、一瞬感じた。
おっさん、ええ笑顔するやんけ🎵
「美咲さんが客席に来てるのは、黒田も佐々木も知らなかったんだ。実は招待チケットだったが、今も繋がってやしないか❔と訊いたんだ。そしたら今はどうなのかは知らないが、何事もなくLIVEを終演したから玲苑は知らないはずだと、答えたんだ。
イベンターに呼ばれて旧知の女性だと判ったが、知らなかったから、警察も呼んだしイベンター処理対応にしてもらった、と語った」
「その聞き取り捜査は、いつ頃ですか❓何日❓」
「事件の2日後。美咲さんが京都府立医科大学の附属病院に移送される日の午前中だ。被害者本人はまだ眠っているか意識のない状態だった。ウソを言ってる感じはなかったが、何か隠してるよ、あれはな」
「なるほど。では、イベンター担当者の鈴木の方は、いかがでしたか❓」
「ああ、それが重要だ」
「お話頂く前に、もう1杯どうぞ。冷めてるでしょ❓」
「ああ、悪いな。それならカフェオレにしてくれるか❔
普段は砂糖もミルクもたっぷり入れるんだ。このコーヒーは旨いけどな」
谷警部が言うが速いか、神田君はすぐさまPCデスクから離れて階下へオーダーに降りて行った。
「鈴木が、招待チケットを用意したんだそうだ。
だが、美咲さん本人とは初対面だ。玲苑から電話で直接頼まれて、佐々木は知らないはずと言っていた。
玲苑は運命的な女性だとも語っていたらしい。『スノボやるからポラリス(北極星)が好きで〖冬のソナタ〗みたいな出逢いだ』とも言っていたらしい。
最近の玲苑はTV局を出入り禁止になっていて、素行が悪くてプライベートな姿はあまり好きじゃないが、エージェントの佐々木とは、黒田玲苑担当以前からの仕事上の付き合いなので、頼まれると断れなくてイベンター処理で示談に臨んだ。そんな所だ」
神田君の差し出したカフェオレの大き目カップを見て、また谷警部はにっこりと口元を緩めた。
谷警部がブラウンシュガーを注いでいる間に、神田君がPCデスクに戻って再度、記録の続きを始める。
「スノーボードのカジガヤというメーカーから連絡が来て、『ウチのチームの選手で広告塔なんで、引き取って選手の普段の住所地の病院へ移します』と言って来たそうだ。
府立医大と云や、がん治療の権威が外科長だぞ贅沢な個室入院だったし、美咲さんの個人負担はムリだ。
イベンターが示談に応じたが、実際は佐々木を通じて〈タナベ・カンパニー〉から支出してるんだ。手続きはメーカーのカジガヤVSサウンド・ガレージだがな」
「それ、カジガヤの方も黒幕居ますよ」
「、、、えっホントか
」
「ボードメーカーに圧をかけたのは、宗教団体です。多分」
「なんじゃそりゃ」
「詳細は冊子にしますよ。あとで」
そこでPCデスクにいる神田君のもとへ、九州出張に出ている菅原君から外線が繋がれ、何やら報告を受けているのを、オレは一瞥する。
「谷さん、もひとつ。レオンは二人居ます。
今、部下が出身地へ出張して確認取ってます。ゴーストライターではなく、二人居て入れ替わってるんです」
「なんだって」
「黒田は一卵性双生児なんです」
「、、、それって、完全にアリバイ崩れるじゃんか」
「はい。だから示談で双方折り合いつけたんですよ」
「、、、そこか。。。」
「そこですね」
神田君が外線の受話器を置いて、オレに声をかける。
「雅哉さん。菅原さんから〈ほうれんそう〉です。
黒田の両親は亡くなってますが、同級生には話を伺えたそうです。あと、菅原さんの祖父の知人で鹿児島県警の元刑事にも会えたそうです。
これから引き続き、レオンを名乗ってるシオンの方に直接会えるアポイントを取るそうです」
「よっしゃ」
「すげえな。
なんだか知らんが、こっから先しばらく任せるよ。
また、報告頼む。表立って俺は直接会えないんだ。捜査は打ち切りだからな」
「わかってます。無料で報告します」
「あ。ついでに言っとくよ。佐々木が言ってたんだが、あいつ、黒田玲苑は俳優でデビューしてるんだ。緑山塾出身でな、中卒で上京してるんだ。
入れ替わるとしたら、俳優から歌手に転身した頃だな」
「すごいな。オレも知らなかった。歌手になってから人気出たのかな❓」
「だな」
「きっとね」
ーーー to be continued.