表裏比興真田喜兵衛尉昌幸 | 根多帖別冊 by おしろまん

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さらに某国蜂巣境界の今年のタイガいどらま 『真田丸』 について・・・

以前、同局が制作したイケショウ原作 『真田太平記』 では草刈正雄 が 源次郎信繁

今回は草刈氏が、当時丹波哲郎が演じた喜兵衛尉(安房守)昌幸・を演じている。

まだ一話しか視ていないが、“表裏比興” 感が良く出ている。正統派二枚目なだけにうすら寒ささえあり、見たまんまの丹波・安房以上かもしれない。

そのタイガ一話目で、安房守は斜陽の武田家当主代理・諏訪四郎に向かって自らの預かる上野国吾妻郡岩櫃城への退避を進言する。

しかし、四郎勝頼一旦は了承したものの、結局は甲斐郡内へと移る途中裏切られ自刃した。

果たして安房守は、武田家への忠誠から自らの預り城へ四郎を迎えようとしたのであろうか…

これ以前に安房守が北条家中とやり取りしていたという事実があり、それが四郎を裏切るつもりであったとは思わないが、武田家と命運をともにするつもりはなかったようである。

ぼくは、諏訪四郎が岩櫃に来ることはないとわかっていたうえで、とりあえず信用させ甲斐新府にいた真田家の人々=人質を取り戻すための方便だったのではないかと考えている。

安房守自身は一時武田一門の武藤家を継いでいたが家臣団のなかでは新しく、迎えようとした岩櫃は本国甲斐から遠く、古参衆の反対があるのは想定内であったのではないか。

安房守を智将・謀将と評価するひとは多い。確かに寡兵をもって大軍を破ることは神のごときであったろう。

海音寺潮五郎氏は、四十年前に出た 『武将列伝 5』 で 安房守について
 
他の知略のひと=半兵衛・官兵衛、張良、陸賈など と比べて、「(彼等のような) 掬すべき風趣が見られない」 としたうえで

「軍略には長けていても、大きい意味の知略の人ではなく人物としての器局は小さかったと思われる。 ウソを言ってまっで名胡桃城をとりとめたことなど、在郷武士の執拗剛情がむき出し」

と書かれている。

ぼくはこれがかれの評価としてもっとも当たっている気がする。