espresso-milano

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主にロードバイク・トレーニングについて書いています。
愛車はBMC SLX01 2009です。ローラー台はGYRO V270 負荷MAX。

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最近、PKCの方々とのつながりの中で様々な情報を得ましたので、共有できればと思います。

そもそも、PKC(発作性運動誘発性舞踏アテトーゼ)という病名は、今は使われていないそうで、PKD(発作性運動誘発性ジスキネジア)という名称に変わったそうです。


なので、どちらの単語で検索しても、同じような情報を得ることができるようになっていまして、症状などを見た感じですが、同じ病気と判断しても良さそうだなと感じます。

難病情報センターにも、元々は


があったんですが、


の文章中にPKDが明記されていて、こっちの方が詳しくかかれていますし、症状を抑制するテグレトール(カルマバゼピン)も同様です。

詳しく書かれすぎていて、私がどのタイプなのか不安になってきてしまう次第ですが、こちらのサイトでは、難病情報センター以外の様々な文献や情報を元に、わかりやすくまとめていただいてるので、大変有り難く見させて頂いてます。

ちなみに、この中に「原因遺伝子が同定された」との文章を見て、ハッと思い出したのですが、実は、私は最初の治療の際に遺伝子検査を受けたのですが、1年後に結果を聞いてもわからずだったので、時間がかかるものだと思い、未だに結果を聞けずに今に至ります。

あれから、7〜8年は経過してるので、遺伝子に問題がなかったのか、単に聞けずじまいなのか、すごく気になってる今日この頃ですが、脳波や血液などに異常が全く出ないこの病気にとっては、遺伝子でわかるのであればとても喜ばしいことだと思いますし、解明され、薬で抑制しなくても良くなる時代も近いのかもしれませんね。

最後になりますが、この病気は個人差がありますので、症状や治療法などは参考程度にしていただき、自分だけで判断せず、医師に相談してくださいね。
前回、治療を本格的に考えるきっかけの1つとして

発作後は脳にも普段とは違う感覚がでることもあったため、これではいつか自分自身おかしくなってしまうのではないかという恐怖や不安もあり、真剣に治療に向けて考えるようになった次第です。

ということを書きました。

この病気は、発作が出るシーンに会わなければ本当に「普通の人」でありますから、謎の病気として、周りの人に相談することができず、自分1人で抱え込んでしまうことが多いのかなと思います。

発作が起こるときは意識もありますから、周りからどう見られているのだろうか、変な人と思われてるのではないのだろうかなど、考えてしまい余計に辛いこともあると思います。

医師に相談しても完治に向けての具体的な治療法はなく、今のところは薬による抑制のみです。

私の場合も「いつかは(30には…40には…)治るから」ということでしたし、実際治った方もいるそうなので、個人差はあるとして、診断を受けた際には、そういう病気なのだと半ば「割り切る」しかないのかなとも思ったりします。


と…前置きが長くなりました。


病気と向き合うきっかけとして、上記は自分の体に対する異変や不安ですが、もう1つは「家族」がありました。

結婚するまでは、正直なところ、自分の心の中だけにとどめておこう、理解もしてくれないだろうし、1人で抱え込んでいても問題ない、という気持ちでした。

ですが、結婚して家族が増えますと、私1人の問題ではなく、子供もそうです。私自身のPKCは遺伝ではないです(と思います)が、子供に遺伝する可能性も考えられ、同じ病気で悩まされることがあっては絶対になりません。

また、昨今頻発している地震や災害。当時は「東日本大震災」がありました。私も「阪神淡路大震災」を経験してますが、万一の時に、自分がとっさの反応や行動ができずに、自分自身もですが、家族を失うようなことがあっては絶対になりません。

日常では、子供の急な行動により怪我をしてしまいそうなシーンにすぐに駆けつけたり(子供は急に飛び出そうとしたりします)など、これは自分が思っていた以上にヒヤヒヤさせられる毎日です。

私は、病気ときちんと向き合って良かったと思っていますし、もっと早く向き合っていれば…と思うこともありますが、過去は変えられませんので、もしお悩みの方のご参考になればと思います。
PKC:発作性運動誘発性舞踏アテトーゼの症状の代表例として

    ・突発的な運動時
    ・急な動作を行う時、
 ・何かの動作を始めようとする時

に発作が表れることが多いのがポイントです。私は最終的にはこれ以外でも、条件を揃えれば発作を自由に出すことができる(コントロールできる)ようにまでなっていました。

私の場合、小学生高学年のときのハードルの授業で初めて発作がでました。

よーいドンで走って、1つ目のハードルを超えて2つ目にいこうとした瞬間に、急に力が入らなくなってコケてしまったんですが、そこからは自分が意図しない硬直などが始まり、その場でうずくまり、変な雰囲気を感じたのを覚えています。

でもまさかこのときに自分がPKCであることもわかるはずなく、発作の時間も短かったためと、私の場合は、発作後は数時間発作が起こらないこともあったので、その後は普通に授業を受けていました。

中学生になったときは、明らかに発作の間隔が短くなっているのはわかってました。

急な動作からのPKC特有の違和感を感じ、それに逆らうと筋肉の硬直などの症状が出ること、ムズムズに逆らって行動する時間が長いと、硬直などの時間も長くなってしまうことが記憶に染みつき、当時に母親を突然亡くしたのもあり、神のいたずらだと思っていた時期もありました。

症状が現れそうになった場合は、速度が突然ゆっくりになったり、あるときは立ち止まってしまったりして、よく先生や友達に「どうしたの?」「本気出さないの?」と言われることも多くありました。

水泳部の副主将でしたので、試合のときは非常にナイーブになりました。スタートダッシュができないわりにも、発作さえ起こらなければ成績もよく、周りには調子が〜とかで誤魔化してきました。

ですが、卒業前の大事な大会でスタート後に発作がはじまり、泳げなくなり溺れかけてしまった経験から、恐怖と諦めがよぎりました。

高校生になったときは、日常的にも発作が起こるようになり、体育の時間は種目によっては、診断書(もちろんPKCではない診断書)を渡して、お休みさせていただいたりもしましたが、周りの冷ややかな目はとても辛く、水泳部の主将でしたが、水泳を諦めることにして、入院もして、検査しましたが根本的な解決には至りませんでした。

ですが、これまでの経験から、いつしか発作の出し方をコントロールできるようになっていました。

PKCの方はこれをやると発作が起こる、発作の予感というのがあると思いますが、私の場合は足のムズムズからくるものでしたので

   寝起きを避け、
   ある程度脳を使って
   少し疲れているときに
   足先をバタバタさせる
 
ことによって高い確率で発作を出し

   発作後は数時間発作が
   起こらないこともあった

という特性もあったのを利用し
ここ一番の大事な場面では
騙しながらしのいでいました。

ですが、発作は硬直などだけではなく、発作後は脳にも普段とは違う感覚がでることもあったため、これではいつか自分自身おかしくなってしまうのではないかという恐怖や不安もあり、真剣に治療に向けて考えるようになった次第です。

今は社会人ですが、PKCのことも考えて、デスクワークを選びました。当初は呼び出されるとPKCなので、すぐに動けないので「何してるんだ?」と言われることも多かったです。

今となっては薬もありますので、もう少し職種の幅は広げられるかなとは思いますし、好きな運動もできるのかなとか考えたりしますが、もういい歳なので違う意味で諦めてはいます(^_^;)

最後になりますが、PKCの発作前の独特な感覚は言葉には表しにくいと思います。よーいドンしようとすると硬直すると言っても、なかなか理解してくれる人も少なく、コントロールしようとしても限界がありそうです。

特に、私は得意な水泳で溺れかけた経験もあり、命の危険もあるんだなというのを実感してますし、やはりPKCときちんと向き合うことをおすすめしたいです。
PKCで悩んで苦しんでる方は、病気自体が珍しいものであるのと、常に発作が起こるわけではなく、若干のぎこちなさはあるものの、周りからは「普通の人」のように感じられてしまうことが多く、言葉で説明しても理解してくれる人が少ないことにあると思います。

私の場合は、3人兄弟で、親もその親もPKCではないので(たぶん)、自分だけ「何かおかしい」とは気づいてはいるものの、幼少期はどう表現したらいいのかわからない時期が続きました。

1回目…中学生の頃、伝えてはみたものの、発作の回数も少なく、コントロールもできなかったため、最初の診断は「ビタミンB1欠乏症」ということで、ひたすら「ビタミン剤」を飲んでいました。当然てすが治るわけは無く…。

2回目…高校生の頃、PKCで運動も億劫になり、自暴自棄になっていたころに、とある大病院で診断を受けることになり、3ヶ月入院し、ビデオカメラで症状を写すことに成功しましたが、どの先生もわからず「100万人に1人の難病であるジストニアです」ということで「アーテン」という薬を処方されました。

一瞬は治ったようにも感じましたが、この薬の副作用が結構辛いのと(聴覚がおかしくなるのと、頭がボーッとしてしまうので)、根本的に治らないようが気がして、飲み続けることはなく、諦めてしまいました。

3回目…騙し騙しの生活が10年近く続きましたが、とあるきっかけで神経内科で症状(実際に発作も起こして)を伝えたところ、先生がすぐに紹介状を書いてくれて、PKCとわかり、テグレトール(カルマバゼピン)を処方され、今に至るわけです。

実際、PKCの症状を言葉で説明するのは非常に難しい病気ですし、様々な情報の中で、正確に自分がPKCであるという判断も難しいと思いますが、今はツールもたくさん揃っております。

私は最後の3回目で「症状を実際に見せれたこと」はかなり良かったと今も感じています。

恥ずかしいかもしれません。私も先生以外には発作時の自分の硬直した姿を見せることはできないままですが、自分の症状を正確に先生に伝えるためにも、発作の動画を撮るのは有効だと感じています。
「PKC:発作性運動誘発性舞踏アテトーゼ」の治療薬の代表として、テグレトール(ジェネリック:カルマバゼピン)があります。

この薬を飲むことで、症状は劇的に改善するのですが、この薬には「副作用」もいくつかあります。

私の場合、1つ目は「耳の聞こえ方がおかしくなる」というものでした。

服用後、音楽を聞くと常に半音下がったような感じになるというものでした。幼少期からピアノをやっていた私にとっては音感もある方なので、普段聞いていた音が、半音下がることで気持ち悪くてかなり辛い思いをしました。

ですが、これについては服用を続けていますと、症状は軽くなっていくようでした。毎日飲んでいるので慣れてしまったのかもしれませんが、今は全く気持ち悪いことはなくなっています。好きな音楽も普通に聞けてます。ただ、音関連のお仕事や、趣味に従事されている方は、どうなのか気になるところです。

2つ目は、この薬には「躁鬱」への薬としても用いられるようで、飲むと頭の中が落ち着くような(冷静になるような)気持ちになるこです。

PKCは常に発作との戦いで、起床してから寝るまでの起きている間に発作がいつ起こるかなど、脳をかなり使うような状態にもなっていたりします。確かにストレスにより、夕方の発作はすごく多くて、動くことすらも億劫なことも数多くありました。

また、私だけかもしれませんが、確かに「躁鬱」の傾向が昔からあった気がしてます。(それもありうつを発症したのもある)

あるときはとてつもない集中力で、ありえないことも成し遂げることも数多くありましたが、ときにスイッチが切れたように何も思い浮かばず、生きてる意味、自分の将来に対する不安、などが駆け巡り、PKCの発作が増え、感情の起伏も激しく、生きる価値がないのかもしれない…とまで、精神的にまいってしまうということがありました。

この薬でコントロールすることで、興奮状態が平準化され、波が穏やかになったとは思います。たまに飲むのを忘れると、頭が混乱しそうなこともあったりするので、減薬には難航するかもしれませんが、それでも当初に比べだいぶ減薬できているので、いつかは飲まなくなる日も近いんだと思います。

そういうこともあり、最近は心療内科で処方していただいてます。私の場合は、うつ病を発症したのをきっかけに、自立支援医療の制度を使うことで保険負担が1割になってます。これにより薬代や診療費などで悩むことも無くなりました。(もちろん定期的な通院、支援制度の更新などは必要です)

副作用については、個人差もあるため、参考程度にしていただければ幸いですし、驚かせるつもりもまったくなく、個人的には飲んで良かったことだらけですが、薬について長く飲んでる私の情報を少しだけでもお伝えしたかったのです。

どの薬も「副作用」はつきものですし、理解した上で飲んでますが、PKCと薬は切っても切り離せないので、いい付き合い方ができることを祈っています。