何度か引用したけど、改めてここにもう一度引用する。
引用元は森巣博という、在豪の作家兼ギャンブラー。
高速道路を走る一台の車に、少年とその父親の二人が乗っていた。
その車は、事故に巻き込まれ、父親の方は大した怪我はなかったが、
少年が頭部に深刻な負傷を追ってしまう。
救急車で少年は、その国で最も権威のある脳外科医の居る大学病院に運ばれた。
ところが、運び込まれたその少年を見て、その権威ある脳外科医は取り乱し、こう言った。
「なんという事。私の息子ではないですか。こんなことって・・・。私にはとても彼の手術はできない」
もし、あなたがこれを読んで頭が一時的にでも混乱したなら、あなたには性的差別意識があると言うことになる。
負傷した少年と外科医の関係・・・だよね?
今の父親は、母親の再婚相手?
脳外科の先生は・・・前の父親?
まあ、それでもいいんだけど、素直に、その外科医が少年の母親だと思えないのは、無意識に、権威ある脳外科医は男性に決まってる・・・という思い込み(=無意識の性差別)があったんじゃないか?という話です。ちなみに、オーストラリアではこの話で混乱する人はほとんどいないそうです。
何が言いたいのかというと、人は自分が抱えている独断や偏見や差別意識にとても気づきにくいものだということ。(だからといってそれを声高に非難するつもりは毛頭ない)
なぜこんな例え話を思い出したかというと、この頃のテレビ番組があまりにも下らなさすぎるものになったと思ったから。
昔からあまりテレビを見ない方だったけど、この頃余計に見なくなった。
「パンがなければケーキを食べれば?」という、有名な台詞があるが
(実際にこんなことをマリー・アントワネットがいったのかどうかは知らないけど)
この頃テレビを見ててこの手の無意識な(あるいは無知による)偏見・差別意識による発言が目立つようになってきたから。
糖尿病なんて自己責任という発言をした議員とか、(敢えてこういう言い方をするが)たかがお笑い芸人のくせに何でそんな上から目線で社会問題をぶった切ってるんだ?とか・・・。
あと、こんな広告を見た・・・・・
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日本語入力モデル → 日本語から英語、中国語、韓国語に翻訳
※入力言語の切り替えはできません
いよいよ、携帯翻訳機が実用化される時代になったのかと驚くと同時に、こんな突っ込みを入れたくなる。
「日本語から英語、中国語、韓国語に翻訳」ってことは、北朝鮮の言葉は翻訳できないんだね?と。
これって、ある意味、差別の表れじゃないのか?韓国語って何?かつて、西ドイツ語なんて訊いたことがないけど。北ベトナム語とかね。どうして素直に「朝鮮語」といえない?なんか、変だ。
でも、こういう盲点って仕方ないのかもね。